翻訳|orgy
元来はディオニュソス神信仰における一つの儀式をいい,オルギア,オルギーとも呼ばれる。ギリシア神話のディオニュソス神(別名バッコス,英名バッカス)の信仰においては,信者たち(女性が中心)が家を捨て,都市を捨て,小鹿の皮で身を包み,霊杖(テュルソス)を持ち,牡牛の姿をしたディオニュソスに従って,松明(たいまつ)をかざして夜の山野に狂喜乱舞したことが知られる。彼らは出会った野獣を八つ裂きにし,その生肉を食い,生血をすするが,その間に神の秘儀を授かるのである。オージーとはこのような大騒ぎと,その間の秘儀を原義としている。
しかしそれは単なるばか騒ぎではなく,こうした行為は,人間の秩序,理性と対置させられ,しかもそれを打ち破っている点が重要である。たとえばエウリピデスの悲劇《バッコスの信女》においては,テーバイの若き君主ペンテウスが,人間の秩序や理性を象徴するものとして描かれ,ディオニュソスと相対する。しかし彼のもつ秩序や理性は,神をおそれぬ思い上がった人間の取るに足らぬ秩序や理性であり,彼は力ずくでディオニュソスを獄につなごうとするものの,簡単に打ち破られ,ディオニュソス信者のオージーのなかで身を八つ裂きにされてしまう。このようにしてそれまでの世界の破壊が示唆されるのであるが,さらに重要なのは,その時,それまでの秩序や理性を支える要素となっていた地位や役割もまた意味を失ってしまう点である。抑圧された地位にあった女が力をもつ。被支配者であったものが支配者であったペンテウスを打ち破る。そしてついにはディオニュソスという神と人間たちとが区別できないような状態になり,配偶者でない者との間の性交さえも行われたりする。
このような現象を示すオージーは,まず,世界がその生命力を失い,人間にとって桎梏(しつこく)になったことを明確に示すものである。従来の秩序も地位役割もすべてが破壊され,その結果として支配者も被支配者も,男も女も,神も人間も区別のない混沌とした状態が現出される。この状態は〈始源〉の状態であり,どんな創世神話にもあるように,世界はカオスから創造されるのである。オージーは現在においてそのカオスを実現させるものであり,古い秩序は次の段階には新しいコスモスとして再生することになる。ここによみがえるコスモスは生命力が横溢し,人間を生の喜びに導くコスモスである。さまざまな民族がもつ儀礼(特にカーニバル)に,このようなオージー的現象が見られる。
→カーニバル →ディオニュソス
執筆者:井上 兼行
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