翻訳|carnival
謝肉祭と訳される。カトリック圏にはイエス・キリストの復活を記念する祝日、復活祭(イースター)を前に肉食が禁じられる40日間「四旬節」があるが、その直前に肉を食べるなどして楽しむ祝祭。仮装行列が行われることが多い。カーニバルの時期は年によって変わる。欧州からカトリックが伝わったブラジルでは、サンバのリズムに乗って豪華な山車や、派手で露出度の高い衣装のダンサーがパレードする。(リオデジャネイロ共同)
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カトリック系ヨーロッパ社会で始まった,年に1度の民衆的祝祭。〈謝肉祭〉と邦訳される。カーニバルの起源は,現世を支配する社会機構からの解放と農神サトゥルヌスの黄金時代への回帰を実現する,ローマ時代の農神祭サトゥルナリアのような先キリスト教文化の農耕儀礼にたどることができる。季節の循環と神話を豊饒儀礼として祭式化したサトゥルナリアの精神は,中世,ルネサンス期のヨーロッパ民衆文化に受け継がれ,復活祭(イースター)の40日前から,荒野で修行したキリストをしのんで,おもに獣肉を断ち懺悔を行う四旬節が始まるが,それに先立つ3~7日間,飽食と笑いの祝祭として,教会暦のなかに非公式的に定着した。この祭礼の最終日が,ラテン語のカロ・ウァレcaro vale(肉よさらば)やカルネム・レウァレcarnem levare(肉食禁止)を語源とするカーニバルだが,祭礼全体もカーニバルと呼ばれた。カーニバルの最終日をフランス語ではマルディ・グラMardi gras(ふとった火曜日),ドイツ語ではファストナハトFastnacht(肉断ちの夜)という。
カーニバルは社会の全民衆を包み込み,演ずる者と観る者を区別しなかったこと,グロテスク・リアリズムと呼ばれる特別な言語,身ぶり,衣装,過剰な装飾などを用いて見世物や行列を広場や街路で繰り広げ,物質性,肉体性を称揚し,精神性,正統性を格下げしたこと,新鮮な一体感と世界感覚を人々に呼びさまし,物質的にも豊かなユートピアを年に1度実現したこと,そして世界と生命の更新という,季節変化の概念や農事暦に由来する宇宙論的発想に基づいていたことなどの諸特質において,教会が支配していた封建的な当時のヨーロッパ社会の他の祭礼と大きく異なっていた。カーニバルを支えていた民衆の笑いの文化は,《ガルガンチュア》(1534)や《パンタグリュエル》(1532,1546,1548-52,1562-64)などのフランソア・ラブレーの文学,《謝肉祭と四旬節の戦い》(1560ころ)のようなペーター・ブリューゲル(父)の絵画などに描かれている。当時の騎士道的イデオロギーと儀式を格下げし笑いとばしたという意味で,セルバンテスの《ドン・キホーテ》(1605,15)も,カーニバル的なグロテスク・リアリズム文学の系譜につらなる。
カーニバルは民衆的エネルギーが噴出する,いわば社会の安全弁であり,〈あらかじめ認められた例外〉ではあったが,価値通念を転倒させ,社会秩序や特権階級を笑いとばす祝祭だったために,歴史上,民衆の暴動や反乱の発火点になることも多く,支配者側はカーニバルに対し,しばしば規制を加えた。17世紀後半以降バロック時代が盛期をすぎると,仮装行列のような風俗は残ったものの,カーニバルの諸形式は全般的に形骸化していった。18世紀後半のロマン主義の勃興以降は,カーニバル的精神の母体である共同体的生活よりも,個人や孤独の問題が注目されるようになり,カーニバル的世界観は主観的・観念的な哲学思想に取って代わられ,笑いも諧謔の笑いに狭小化した。カーニバルの精神とその作法は,17世紀に最盛期を迎えたイタリアの即興喜劇コメディア・デラルテに継承されてはいたが,それも衰退し,今日では道化芝居,サーカス,民俗芸能,軽演劇などに部分的に残っているにすぎない。フランスのニース,ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ,アメリカ合衆国のニューオーリンズなどで今日催されている観光化したカーニバルには,中世,ルネサンス期ヨーロッパのカーニバルの精神と諸形式はほとんど見られない。むしろ非ヨーロッパ系文化において,一年の宗教的行事の循環が世界観として全社会的に共有されている場合,祭礼暦の切れ目に,社会の死と再生の弁証法としてカーニバル的祝祭が行われることがある。中央アメリカのマヤ系原住民社会では,最高神である太陽の生命力の更新を願う土着の冬至の祭りが,スペイン人の導入したキリスト教と融合し,太陽神が不在の間,反社会原理が太陽神に基づく社会原理を転覆し,笑いのうちにいたずらの数々をはたらくという祝祭がカーニバルの時期に行われている。ブラジル,リオ・デ・ジャネイロのカーニバルも有名。また去るべき季節をけがれた悪神に見たて,にぎやかな雰囲気の中でその人形を焼き捨てる季節祭は日本にも見られる。混沌の導入を足がかりに生命の更新と社会の活性化を図るカーニバルの精神原理とその諸形式は,文化理論,文学理論,映画,演劇,文化人類学などの諸分野で,今日その重要性が再認識されつつある。
→祭り
執筆者:落合 一泰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
キリスト教国のうち、主としてローマ・カトリックの国々で行われる祭り。謝肉祭と訳される。毎年復活祭(イースター)の40日前から始まる四旬節の期間中は、キリストの断食をしのんで肉食を絶つ習慣があるが、カーニバルは四旬節前に肉を食べて楽しく遊ぼうというための行事である。3日ないし8日間行われ、ラテン語のカロ・ウァーレcaro vale(肉よ、さらば)またはカルネム・レウァーレcarnem levare(肉を取り除く、肉食を絶つ)が語源とされる。
カーニバルの起源はローマ時代の冬至祭Saturnaliaである。キリスト教の初期に、この新宗教に加入したローマ人を懐柔するために、彼らの間で行われていた農耕祭を認めたもので、キリスト教としては異教的な祭りであった。初期のカーニバルは、主顕祭(12日祭、1月6日)から四旬節の始まる前日の懺悔(ざんげ)火曜日までであったが、歴代教皇によって、四旬節の最初の日の聖灰水曜日の直前6日ないし7日に限るとされた。ローマの冬至祭はサトゥルヌスSaturnus(農業の神)の祭りで、農神祭あるいは収納祭といわれていた。これがカーニバルとクリスマスの起源となった。キリスト教徒によって受け継がれたときは、12月25日から始まって、新年の祭りと12日祭の両方をあわせ含んだものであった。これがヨーロッパの南国では戸外のお祭り騒ぎを主にしたカーニバルになり、北国では宗教的意義をもつクリスマスとなった。
カーニバルの行事は時代と国々によって異なる。農山村では豊作・多幸を祈念する春の祭りで、古くから伝わる仮面・仮装や張り子の偶像が悪霊に対する威嚇を象徴したものであるのに対し、都会では仮装や張り子の偶像による行列などが盛大に行われる。オーストリアのウィーンのように、国立劇場で音楽や歌劇を楽しむ風習もある。世界的に名高いのは、イタリアのフィレンツェ、ベネチア、南フランスのニース、ドイツのケルン、スイスのバーゼル、アメリカのニュー・オーリンズ、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロなどであるが、なかでもリオのカーニバルは、毎年おびただしい死者や負傷者が出ることでも知られている。こうした行事にちなんで、仮装行列などのあるにぎやかな催しや祭りをカーニバルとよぶようになった。日本でも1948年(昭和23)鎌倉で「鎌倉カーニバル」が行われてから、夏に「海のカーニバル」を催して女王を選出する行事などがみられる。
[佐藤農人]
カーニバルの特徴はヨーロッパ中世においてもっとも明白に現れる。秩序に縛られない精神の高揚・一体感を与えるカーニバルにおいては、フランソア・ラブレーの作品などをみると、日常の社会規範や秩序が一時的に転倒された祝祭空間が立ち現れ、仮装・暴飲暴食・悪口雑言・痴愚王など、封建制度やキリスト教倫理による束縛の枠外にあるさまざまな要素が存在していたことがわかる。この祭りは冬を追い払い春を迎えるために行われる祭りに由来するため、一時的な秩序の転倒を組み込む点で、季節や人生の段階の変わり目に行われる通過儀礼と共通点をもつ。カーニバルにおける反秩序的な状態は本来一時的なものであり、カーニバルを通過することによってふたたび活性化された本来の秩序が、祭りの終了と同時に回復されるが、フランスのロマンという都市で発生した虐殺など、カーニバルが社会の矛盾を顕在化させ暴動にまで発展した例もある。
[木村秀雄]
『M・バフチーン著、川端香男里訳『フランソワ・ラブレーの作品と中世・ルネッサンスの民衆文化』(1973・せりか書房)』
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…その対話的な言葉は対象のみでなく他者をも志向し,〈他者の言葉〉に浸透されている。小説の言葉は〈もの〉ではなく,思想=意識=声なのであって,対話は単に言葉のやりとり,相互浸透ではなく,小説の対話的な言葉の源泉にはカーニバル的世界観があるとした。無礼講的祝祭カーニバルでは聖俗,貴賤,死生等の対立が一挙に止揚され,抑圧された人間性が解放される。…
…15世紀から16世紀にかけて,今日のドイツ,オーストリア,スイスなどの諸都市において,謝肉祭(カーニバル)の期間に盛んに演じられた一連の演劇をいう。この演劇は,当時都市の中心勢力となっていた手工業者(職人,マイスター)のなかから,ゲルマン土着の春祭の伝統を受けつぎつつ生まれでたものであり,その性格はキリスト教的であるよりは,むしろきわめて民衆的・祝祭的なものであった。…
…【千足 伸行】
[民俗]
コスモポリタン的文化の背後にはいかにも民衆的な民俗行事がスイスには多数残されている。厳しい冬という悪魔を追い出し,春を迎える行事としては,バーゼルのファスナハトFastnacht(カーニバル)やチューリヒのゼクセロイテンが有名である。前者は薄気味悪い仮面をつけ,独特のリズムの鼓笛隊の音につれて一晩中仮装行列の行進をする。…
…灰の水曜日から復活祭の前日までの6週間半,日曜を除く40日間を断食と斎戒で過ごすのは,聖グレゴリウスによれば四元素からなる肉体が肉の欲望のために十誡を犯すので,その肉体を40回苦しめなければならないためである。四旬節に先立つカーニバル(謝肉祭)のいわれは,断食して〈肉caro,carnisから離れるlevare〉の意のラテン語carnelevamenがイタリア語に訳されてcarnevaleとなった際,valeがラテン語にもあって〈さようなら〉の意なので,カーニバルが肉に感謝しつつ別れを告げる祝祭になったという。それゆえ,この祭りの期間には食欲と性欲を満たすことが公に許される結果になった。…
…享楽的文化を生み出す場として賭博場が人気を呼び,仮面をつけた貴族でにぎわった。カーニバル(謝肉祭)も当時のベネチアを彩る重要な祭りだった。3万人もの人がベネチアを訪れ,サン・マルコ広場を舞台に,仮面をつけ黒マントをはおった人々は,階級差を忘れ社会的慣習からも解放されてばか騒ぎに興じた。…
※「カーニバル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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