カダフィー

百科事典マイペディアの解説

カダフィー

リビアの軍人,政治家。遊牧民の子として生まれる。ベンガジの士官学校在学中に同期生らと自由将校団を結成。1969年9月,無血クーデタによってイドリース国王を追放,全権を掌握して,国家元首となる。独自の政治理念に基づく急進的な政策をとり,中東の暴れん坊の異名をとる。国際石油資本から,石油資源を取り戻したとして,国民的な支持があった。2003年末,核兵器をふくむ大量破壊兵器開発計画の放棄を言明。2004年9月米国は独自の経済制裁を解除,2006年5月には26年ぶりに米国との関係正常化を果たし,同年6月米国はリビアに対するテロ支援国家指定を解除した。2011年2月,ベンガジで拘留されている人権活動家らの釈放要求のデモが警官・カダフィー支持勢力と衝突,デモは複数の都市に拡大し,政府は治安部隊を投入して,各地の抗議行動を武力で制圧しようとしたため,数日のうちに多数の死傷者が出た。反政府デモは一気に拡大,軍の一部もこれに同調し,反政府勢力がベンガジを制圧。反政府デモは首都トリポリとその周辺でも起こり,これに対してカダフィー政権は戦闘機,重火器,戦車を投入して無差別攻撃をはじめた。リビア国連次席大使,次いで国連大使が,国連でカダフィー非難演説を行い,国連リビア代表部全員がカダフィー政権からの離反を表明,数ヵ国のリビア大使が辞任を表明した。国連安保理は緊急会合でリビア国民へのカダフィー政権の攻撃を非難。反政府側はリビア東部を制圧しトリポリに向かい,カダフィー政権の求心力は低下,政権打倒は時間の問題という国際報道も流れた。2月26日,カダフィーはトリポリで演説,国民に反政府派との徹底抗戦を訴え,空軍と傭兵を使って総反撃に出,装備に劣る反政府側は次第に後退を余儀なくされ,各国に軍事介入を要請した。リビア上空飛行禁止空域設定の国連決議は,アメリカ・ロシア・中国の反対で採択されず,反政府側制圧地域へのカダフィー政権の攻撃が続き反カダフィー派は劣勢に立たされた。2月,反カダフィー勢力は,リビア国民評議会を結成,3月には暫定内閣としてマフムード・ジブリールを委員長とする執行委員会を設置した。3月12日国連安保理はリビアに対する飛行禁止区域設定と空爆容認の決議を採択(棄権ロシア・中国・インド・ドイツ・ブラジル),フランス・サルコジ大統領が主導し,英米仏を中心とする多国籍軍がカダフィー政権側に空爆を開始し,3月27日軍事的指揮権をNATO軍に引き継いだ。カダフィーは徹底抗戦を表明,反撃を強めた。その後一進一退の戦況が続いたが,NATO軍の支援を受けた評議会軍が次第に優勢となり,8月末首都トリポリを奪還した。10月,評議会軍はカダフィーの出身地シルトを制圧,10月20日,シルト市内の配水管に潜んでいたカダフィーが引き出され殺害された。その模様を伝える映像が,アルジャジーラによって世界に配信された。
→関連項目アラブの春リビア

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世界大百科事典内のカダフィーの言及

【リビア】より

…植民地時代以来のリビアの民族的解放の課題にとって,イドリース王政の打倒が先決となった。
[リビア革命]
 1969年9月,カダフィーal‐Qadhāfī(1941‐ )ら将校グループによるリビア無血革命でイドリース王政は打倒された。革命政府は70‐71年,外国軍事基地の撤去,在リビア,イタリア人資産凍結,国際石油資本の施設の国有化等々,リビアを支配する外国勢力の中枢部分の息の根を止めはじめた。…

※「カダフィー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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