カナート(英語表記)qanāt

精選版 日本国語大辞典 「カナート」の意味・読み・例文・類語

カナート

〘名〙 (qanat) 西南アジア北アフリカの乾燥地でみられる地下水を得るための灌漑施設。扇状地に掘られて得た地下水を、長さ数キロメートルに達する地下水路で集落近くまで導く。

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デジタル大辞泉 「カナート」の意味・読み・例文・類語

カナート(〈アラビア〉qanat)

アジア西部、北部アフリカなど乾燥地帯にみられる水利施設。地下水を、長い地下水路によって集落近くまで導き、利用するもの。

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改訂新版 世界大百科事典 「カナート」の意味・わかりやすい解説

カナート
qanāt

おもにイランなど乾燥地域にみられる暗渠方式の水利施設。カレーズkarēzともいう。カナートは山麓部や谷頭部(谷の最上流部)におけるよどんでいない良質の水を水源とする。この部分に掘った井戸に十分な湧水が認められ,暗渠を掘って導水すると灌漑予定地の近くで地表に現れることが測量によって確かめられれば,この井戸を母井(マーダル・チャー)とする。母井の位置は植生・土壌の質などを調べて選定する。次いで30~50mの間隔をおいて竪坑(たてこう)を掘り,これを坑道で結ぶ。坑道は人が中背になって通れるくらいの大きさはある。

 カナート掘り職人はモカンニといい,彼らは通常4人1組になり,1人がつるはしで坑道を掘り,1人は土砂を皮袋につめ,2人が地表で木製の巻上機を使って竪坑から皮袋を引き上げ,土砂を竪坑の周囲に積み上げる。坑道を掘る作業には非常に高度な技術と経験を要する。彼らは簡単な道具しか使わず,もっぱら自分の技術のみに頼っている。このような方法によるため完成には長い歳月を要する。4人1組の作業速度は1日に平均2mという。母井は一般に深さ20~30m,坑道は平均5~10kmはあり,10kmのカナートを掘るには延べ5000日もかかる。東イランのホラーサーン州ゴナーバードには70kmもの長いカナートがある。建設途中で戦乱などにより作業が中断したり,依頼主が変わるなどして10年以上もかかることもまれではない。カナート掘りには特殊な技術を要し,危険な仕事であるため職人の報酬も高く,その建設には巨費を要する。

 カナートは素掘りのままであり,坑道の側壁や天井の土が水路上に落ちる。そのため坑道内の土さらいを定期的に行わねばならない。これにも多くの費用がかかる。カナートは地震に弱く,崩れやすい。しかし,カナートを掘れば未耕地を耕地化しえ,かつ季節による用水量の差もあまり大きくなく安定した収量がえられる。カナート所有者は毎年その建設費の25%の純利益を上げうるといわれ,巨費を要するにもかかわらずイラン高原では多くのカナートが掘られた。

 カナートの起源は古く,鉱山開発技術を用い前8世紀にウラルトゥ王国治下のイラン北西部のウルミエ地方で始まったといわれる。これは前6世紀アケメネス朝下のイラン高原に普及し,多くのカナート灌漑の村落がつくられた。イランの5万の村落のうち3万もの村がカナート灌漑に依存していると推定されている。また1926年までテヘランの生活用水は33本のカナートによっていた。カナートはイランから東トルキスタン(新疆)に伝播し(坎児井と呼ばれる),アフガニスタン,西パキスタンにも伝わった。またイラクシリアヨルダンキプロス,アラビア半島,北アフリカ(フォガラfoggaraと呼ばれる),イベリア半島,東欧諸国,さらにスペイン人によってペルーなど南米にももたらされた。11世紀にイランの数学者カラジーal-Karajīによって《地中に潜在する水の開発》というカナート掘削の指南書が書かれた。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カナート」の意味・わかりやすい解説

カナート
かなーと
qanat

地下水路式灌漑(かんがい)施設で、アラビア語で地下水路を意味する。乾燥地帯では地表には水はなくても、高峻(こうしゅん)な山脈の山麓(さんろく)に発達する扇状地には、山腹から流下してきた水が地下に浸透するので、扇頂部には塩分を含まない地下水が豊富に存在する。そこで母井戸とよばれる深さ20~30メートルほどの元井戸を30~50メートルの間隔ごとに掘り、井底にわき出した地下水を、長さ数キロメートル、ときには40キロメートル以上に及ぶほとんど水平に掘られた長い地下水路で、元井戸から遠く離れた地点まで誘導して集落に良質の飲料水や灌漑水を供給する。地下水路は地表では見えないが、掘り出した土を搬出し、また通風などのために掘られた多数の竪坑(たてこう)が地下水路に沿って配列されているのがカナートの特異な景観である。カナートは紀元前のペルシアに起源をもち、東はアフガニスタン、パキスタンから中国のトゥルファンにまで及び(カレーズKarezという)、また西はアラブ人によって北アフリカに(フォガラFoggaraという)、さらにスペイン人によって南アメリカのペルーにまで伝えられたという。

[織田武雄]

 2016年、イランの11のカナートが「イランの地下水路カナート」としてユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産の文化遺産(世界文化遺産)に登録された。

[編集部 2018年5月21日]

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百科事典マイペディア 「カナート」の意味・わかりやすい解説

カナート

乾燥地帯で地下水を地表に導いて灌漑(かんがい)や用水に利用するための地下水道。中国新疆(しんきょう)では坎児井(かんじせい),アフガニスタンなどではカレーズ,北アフリカではフォガラという。前6世紀ころすでにペルシアにつくられ,イラン高原を中心に,西はモロッコ,東は新疆まで分布。水路の長さは10km前後,断面は1.5m×0.9m。大地主が水利権を専有し,土地,農民を支配してきた。
→関連項目イラン高原クエッタトンネルバルーチスターン

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カナート」の意味・わかりやすい解説

カナート
Qanāt

アフガニスタン,トルキスタンではカーレーズ,シリア,イラク,北アフリカなどではフォガラと呼ばれる。西アジア乾燥地帯に行われる特殊な導水設備。自然の泉の水か,扇状地や涸れ川 (ワディ) の河床など比較的地下水面の浅い部分に特別に掘った井戸の水を,必要とする地点まで導くもので,20~30mおきに竪坑を掘り,各坑底をトンネルで結んで導水する。古代ペルシアに起り,その後ペルシア,アラビア勢力圏の拡大,東西文化の交流に応じて旧大陸の乾燥地に広く普及した。単に灌漑にだけ用いられるのではなく,都市への給水も行うものであって,テヘランなどでも近年までカナートの水が利用されていた。

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世界大百科事典(旧版)内のカナートの言及

【井戸】より

…扇状地に多くみられ,普通1m3/s程度の大量取水を目的としている。 集水トンネルの代表は古代ペルシア人が考えだしたイランのカナートである。カナートは西アジアのほか,北アフリカ,中央アジア,イベリア半島,メキシコ,チリなどの乾燥地域で広くみられ,リビア砂漠ではフォガラ,アフガニスタンではカレーズ,中国では坎児井と呼ばれている。…

【住居】より

…接客空間はすべて男の領域に属し,女が立ち入ることは許されない。
[イランの中庭型住居]
 イランの中央部は砂漠であるが,その周縁部には幾多の人工的なオアシスがあり,水はカナートと呼ばれる地下水道により運ばれる。カナートは山岳地帯に源をもち,長いものでは数十kmに及ぶ。…

【新疆ウイグル自治区】より

…しかし,1949年ころは全人口の約7%だった漠族が,今日では約40%を占めるにいたり,これに危機感を抱く少数民族による一部地域での独立の動きが伝えられている。
[経済]
 この地方では古くから〈坎児井〉(カレーズ,カナートのこと)という地下水路によるオアシスでの小規模な灌漑農業がおこなわれてきたが,解放後,新疆生産建設兵団と民衆の手によってマナス,アクスその他の地でダムの建設,用水路の開削,防風・防砂林の造成,河川の治水などの大規模な水利事業が展開され,これによって広大な新しい農地が獲得された。今日,自治区の農産物としては,耕地の約40%を占める小麦をはじめ,トウモロコシ,水稲(アクス地方など),コーリャンなどの穀物,唐代からその栽培・加工が発展した綿花,テンサイ,榨油植物などの工芸作物や養蚕,種なし白ブドウで有名なトゥルファンのブドウ,栽培の歴史が500年以上というハミや鄯善(ぜんぜん)のウリ,アクス,クチャのクルミ,クルラ(庫爾勒)の香梨などの果実類が主なものとしてあげられる。…

【治水】より

…陝西省徴県(澄城)から洛水の水を引いて商顔に至り,3kmにわたって商顔山(鉄鐮山)を貫通するもので,重泉(蒲県南東)地方を良田に改造した。これは数多くの井を掘り,それらを地下の深所で互いに連絡するもので,新疆地方に見られる〈カナート〉と同様の構法になる。 自然水害に対する防御工事としては黄河の大堤が代表的である。…

【トゥルファン】より

…降雨量が極端に少ないので,天山山脈の雪どけ水を引いてくる水利工事が古くから行われた。漢字で〈坎児井〉と書かれる,カナート(カレーズ)という地下灌漑水路が300あまりも掘られ,近年では15年の歳月をかけて延々と掘られた〈人民大渠〉と呼ばれる運河が雪どけ水をたたえている。また激しい熱風を防ぐために道路の両側などに三重四重に植林した防風林の並木が美しい。…

※「カナート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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