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ガイタン ガイタンGaitán, Jorge Eliécer

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ガイタン
ガイタン
Gaitán, Jorge Eliécer

[生]1902.1.26. ボゴタ
[没]1948.4.9. ボゴタ
コロンビアの政治家。コロンビア国立大学イタリアローマ大学卒業。 1928年下院議員としてユナイテッドフルーツ社のストライキを擁護して以来,民衆指導者としての名を高めた。自由党急進派の指導者として活躍,36年ボゴタ市長,40年教育相をつとめた。

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百科事典マイペディアの解説

ガイタン

コロンビアの政治家。雄弁でカリスマ性のあるポピュリスト的指導者として頭角を現し,1929年自由党の国会議員となり,ボゴタ市長,文相,労相を歴任。1946年の大統領選挙で自由党が敗れた結果,保守・自由二大政党の対立が先鋭化するなか,1947年自由党党首となってエリート層の支配に反対するキャンペーンをはり大衆の人気を得たが,翌年4月ボゴタで暗殺された。
→関連項目コロンビア

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世界大百科事典 第2版の解説

ガイタン【Jorge Eliécer Gaitán】

1898‐1948
コロンビアの政治家。イタリアで刑法を学び,ムッソリーニの影響を受けた。1929年自由党の国会議員となり,34年左翼革命国民連合を結成。ついで首都ボゴタ市長(1936)や文相(1940)に就任し,教育や福祉などの諸制度の確立や民主的改革に尽力。46年の大統領選挙では,人気,実力とも自由党内随一の候補であったが,穏健派の策謀により党内指名を拒否され,これを不満とする左派は,彼を擁立して選挙に臨んだ。そのため漁夫の利を得た保守党が16年ぶりに政権の座に返り咲き,大衆は選挙結果に強い不満を抱いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ガイタン
がいたん
Jorge Elicer Gaitn
(1903―1948)

コロンビアの政治家、法律家。ボゴタで法学を修めたのちローマ大学に留学し刑法学を専攻した。帰国後大学で教鞭(きょうべん)をとるかたわら自由党に入党し、立法院議長、ボゴタ市長を歴任した。当時コロンビアは、地主階級を基盤とする伝統的な保守党と社会改革を求める進歩的な自由党の2派が対立していた。彼は少数の地方ボスによる政治に不満を抱く農民と、増大する労働者階級とを背景に、1945年大統領選挙に立候補したが、保守党のロペスに敗れた。45年以後国内各地に反保守派運動が高まり、ガイタンは事実上の指導者と目されたが、48年4月9日第9回汎(はん)アメリカ会議(ボゴタ会議)開催中のボゴタで暗殺された。[寿里順平]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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