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ガボン Gabon

翻訳|Gabon

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ガボン
Gabon

正式名称 ガボン共和国 République Gabonaise。
面積 26万7667km2
人口 153万4000(2011推計)。
首都 リーブルビル

アフリカ大陸西岸中部,赤道直下の国。北は赤道ギニアとカメルーン,東と南はコンゴ共和国に国境を接し,西は大西洋に臨む。海岸低地と国土の大半を占める高地からなり,オゴウェ川とングニエ川が二つの大きな河谷を刻む。典型的な熱帯雨林気候で高温多湿。年平均気温 27℃。年降水量は 3000~3800mmで 10月から5月に集中。国土の約 75%が雨林で,商品材に富む。サル類,アンテロープ類,鳥類も豊富。古くから河谷に小国が盛衰していたが,1472年頃ポルトガル人がガボン湾に到来,以後,硬材,象牙,奴隷の交易が行なわれた。 1839年フランスが進出,1843年ガボン三角江北岸に砦を建設し,1849年解放奴隷の集落リーブルビルが建設された。 1889~1904年の間にフランス領コンゴの一部,1910年フランス領赤道アフリカの4地域の一つ,第2次世界大戦後はフランス海外領,1958年フランス共同体内の自治共和国となり,1960年独立。カメルーンとの境界は 1885年,現在の赤道ギニアとの境界は 1900年に設定された。森林が深く交通困難で,人口は希薄。住民は先住民の数千のムブティ族 (いわゆるピグミー) と,これを追って侵入したバンツー系住民,ならびに 19世紀になって入ってきたファン族など複雑である。耕地はほとんどなく,経済は木材と鉱物資源の輸出に依存。マンガン産出額は世界有数。そのほか鉄鉱石,石油,ウランに恵まれ,フランスとの経済協力が緊密。住民の約半数がキリスト教徒。イスラム教徒は少なく,残りの大部分は部族固有の宗教をもつ。公用語はフランス語

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百科事典マイペディアの解説

ガボン

◎正式名称−ガボン共和国Gabonese Republic。◎面積−26万7670km2。◎人口−151万人(2010)。◎首都−リーブルビルLibreville(56万人,2005)。

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世界大百科事典 第2版の解説

ガボン【Gabon】

正式名称=ガボン共和国République Gabonaise面積=26万7667km2人口(1996)=117万人首都=リーブルビルLibreville(日本との時差=-8時間)主要言語=フランス語,バントゥー諸語通貨=CFA(中部アフリカ金融共同体)フランFranc de la Coopération Financière en Afrique Centraleアフリカの西海岸,赤道直下に位置する小国。

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大辞林 第三版の解説

ガボン【Gabon】

アフリカ中部、ギニア湾に面する共和国。1960年フランスから独立。赤道直下にあり、石油・マンガン・ウランを産出し、森林資源に富む。住民は黒人。主要言語はフランス語。首都リーブルビル。面積26万8千平方キロメートル。人口140万( 2005)。正称、ガボン共和国。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ガボン
がぼん
Gabon

アフリカ中西部、ギニア湾に面した国。正称はガボン共和国Rpublique Gabonaise。国土の北は赤道ギニアのムビニ州およびカメルーンと接し、東と南はコンゴ共和国と接している。国土のほぼ中央を赤道が走り、文字どおり赤道直下の国である。面積26万7667平方キロメートル、人口121万(2000推計)。首都はリーブルビル。[端 信行]

自然

西がギニア湾に面したガボンの地勢は、海岸から内陸に向かうにしたがってその高度を増し、地形的には沿岸低地、内陸高原、内陸高地の3地域に大別される。分水嶺(ぶんすいれい)をなす内陸高地からこの国の最大河川であるオゴウエ川が西流し、大きな谷を形成している。幅30~200キロメートルにわたる沿岸低湿地帯が海岸線に沿って広がっており、その海岸線は、北方向に流れるベンゲラ寒流の影響により、北向きに発達した砂州やラグーンが数多くあって、あたかもリアス式海岸のように入り組んでいる。オゴウエ川河口に発達したロペス岬はその代表的な例である。内陸高原は標高500~700メートルの、全体として起伏の緩やかな高原であるが、多くの河川によって谷が刻まれている。この内陸高原が国土の過半を占めており、その北部と南部とが内陸高地となっている。国内最高峰は南部のシャイユ山脈のイブンディ山(1580メートル)である。
 気候は年平均気温25~27℃で、年間1500ミリメートル以上の降水量があり、高温多湿な熱帯雨林気候となっている。沿岸部はとりわけ雨量が多く、首都リーブルビルでは年間3000ミリメートルにも達する。植生は、内陸高地のサバンナを除くと、国土の大部分が熱帯雨林で覆われているため、合板用材のオクメ材をはじめ有用材も数多くみられる。[端 信行]

歴史

15世紀以前のこの地方の歴史は明らかにされていないが、15世紀の後半にポルトガル人がこの地に来航したころには、オゴウエ川の下流を中心にバントゥー系の民族によるロアンゴ王国が形成されていた。16世紀以降、オランダ人、イギリス人、フランス人などが来航したが、先住民との取引の大部分はポルトガル人が中心であった。
 フランスによる植民が進むきっかけとなったのは、フランス海軍の総督ブーエが奴隷貿易取締りの目的でガボン川河口の土地を族長との協定で入手し、1843年にここに砦(とりで)を築き、1849年には拿捕(だほ)した奴隷船の奴隷を解放して入植させ、この地をリーブルビル(自由の町)と命名させたことによる。一方、内陸部のオゴウエ川流域はド・ブラザによって探検され、フランスビルが築かれた。こうしてフランスは1886年にガボンに総督を置き、1889年から1904年にかけてはフランス領コンゴの一部とし、ついで1910年からはフランス領赤道アフリカの一植民地とした。
 第二次世界大戦後はフランス海外領の一つとして独自の議会をもつこととなり、1958年にはフランス共同体の自治共和国となり、60年に独立した。61年にはムバが初代大統領に選出されたが、病身のムバは67年死去、副大統領だったボンゴが大統領に昇進した。[端 信行]

政治

独立後に軍によるクーデターが一度あったものの、大統領ボンゴはその就任直後の1968年に単一政党としてのガボン民主党を設立、政情は独裁体制で比較的安定している。その後、副大統領制を廃し、首相・副首相制のもとに内閣を組織している。75年から石油輸出国機構(OPEC(オペック))のメンバーである。90年には複数政党制度の採用を発表し、一時的混乱はあったが、新制度のもとで国会議員選挙を実施するなど、民主化への方向が模索されている。93年、98年の大統領選挙でもボンゴが当選し、6選を果たしている。[端 信行]

経済

現在のガボンの経済は1956年から採掘の始まった石油によって支えられているといっても過言ではない。政府予算の50~60%は石油輸出収入に依存しており、輸出高の80%以上を石油が占める。しかし埋蔵量は少ないといわれており、80年代以降この石油の産出量が減産傾向にある。さらには石油国際価格の不安定がこの国の経済を悪化させている。石油に次いで輸出高が大きいのは木材である。とくに名産のオクメ材は合板用として木材輸出の中心で、原木輸出の90%近くを占めている。またこのオクメ材中心の林業、合板工業は国内における雇用吸収力も大きく、輸出港ポール・ジャンティルには大規模な加工工場がある。しかし最近では海岸に近いオクメ資源は枯渇しつつあり、内陸の木材開発が大きな課題となっている。
 石油以外の地下資源ではマンガンとウラニウムが重要で、それぞれ輸出総額の7%、12%を占めている。ガボン南東部のフランスビルに近いムワンダのマンガン鉱脈は世界の埋蔵量の4分の1を占めるといわれ、年間200万トン以上を産出している。また同じフランスビルに近いムウナナのウラニウムは年間1000トン以上を生産している。これらの地下資源の輸送には問題があったが、1986年に鉄道が開通した。
 こうした地下資源や林業に比べると、この国の農業は、国土の77%が森林に覆われているだけに、きわめて不振をかこっている状態である。農業形態は自給的農業が中心で、国民総生産(GNP)の5%にしかすぎず、食糧の50%を輸入しているのが現状である。経済構造を変えるためにも農業の構造改革が必要で、現在は米、アブラヤシ、ゴム、ココヤシを中心とした農業投資の政策がとられている。製造工業は化学(石油精製)、建材が中心で、一般に低調である。[端 信行]

社会・文化

この国は人口が少なく、地下資源が豊富であるため、1人当りの国民所得はアフリカ第7位(1995)で、表面上の生活水準は急速に向上したとされている。しかし食糧など生活必需品を輸入に大きく依存しており、首都のリーブルビルの物価は世界一高い。約52万人がリーブルビルに集中し、ほかにポール・ジャンティル、フランスビル、ランバレネなどの主要都市に人口が多く、その結果、都市人口率がきわめて高くなっている。また教育制度はフランスに倣ってかなり整備されており、専門教育の分野でも4工業高校、12の職業訓練センターがあり、技能教育にも力を入れている。初等教育の就学率は80%に達するといわれており、アフリカ諸国のなかではきわめて高い水準にある。1970年には国立教育研究所が創設され、政府は教育の普及と水準向上に力を入れている。近年は医療施設も充実されてきたが、なかでも、ランバレネのシュワイツァーを記念した病院は、世界的に知られている。
 住民構成はバントゥー語系部族が中心で、なかでももっとも勢力のあるのはファンである。ほかにエシラ、アドゥマ、オカンデ、バコタなどが有力である。言語生活ではこうした部族語が広く話されているほか、公用語としてはフランス語が採用されている。宗教生活ではそれぞれの部族が伝統的信仰をもつが、カトリックの布教の歴史は古く、今日ではカトリック教徒が人口の60%を占めている。こうしたガボンの国民生活は、その経済的特徴や都市人口率の高さと相まって、都市住民と農村居住者との間の格差が大きいのが特色である。[端 信行]

日本との関係

日本との貿易は年々拡大しており、1991年では日本への輸出は約206億円、日本からの輸入は約81億円に達している。豊富な地下資源の開発や農水産業の振興などに日本の援助が期待されている。[端 信行]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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