透明な板ガラスの裏面に不透明絵具を通常とは逆に重ねて絵を描き,表から鑑賞するもの。ガラス器に焼付けなどの技法によって絵を描くことはローマ時代以降,中世にも行われていたが,ガラス絵技法の成立は,透明な板ガラスの初期的製法が完成し,油絵技法が確立される14世紀以降と考えられる。初期の作品は宗教的主題を描いたもので,個人や教会の礼拝用であったが,17世紀以降のオランダや18世紀以降のイギリスでは,風俗画や風景画,肖像画の非宗教的主題が多く描かれた。そのほかヨーロッパ大陸中部・東部,地中海沿岸部でも,18世紀から19世紀前半にかけて盛んに作られ,ババリアでは年に3万~4万点の作品が描かれて近隣に輸出され,災厄から身を護る信仰のひとつとして流布した。しかし,大量生産のため技法はしだいに合理化され,同一パターンの民衆絵画風になる。
特色のある技法としては,14世紀イタリアのガラス器に多用された金彩技法がある。これは18世紀フランスのガラス絵に受け継がれ,エグロミゼverre églomiséと呼ばれる金彩の宗教的主題の作品を生む。それに近い技法として,鏡の水銀部分を一部はがして彩色するミラー・ペインティングが,18世紀にヨーロッパから中国へ伝えられて,中国風俗を描いた広東製のミラー・ペインティングが作られる。これは18世紀後半以降ヨーロッパに多数逆輸出され,ヨーロッパ人のロココ趣味にこたえた。またイギリスでは,ガラス板の背後から銅版画を転写,その上から油絵具で彩色する技法が18世紀以降流行し,彩色された銅版画のような肖像画や風俗画の作品を生んだ。これらのヨーロッパのガラス絵技法は,おおよそ18世紀以降,ヨーロッパ各国の東インド会社の交易ルートを通じて広がり,インド,イラン,ビルマ(現,ミャンマー),インドネシア,中国,日本などの各地で,素朴な民衆ガラス絵を生み出していった。
日本へのガラス絵技法の伝播は,18世紀以降長崎に入港したオランダ船による直接的なものと,いったん中国に入り中国化した技法によるものの二つがあった。最初の文献としては,1663年(寛文3)オランダ甲比丹(かぴたん)ヘンドリック・インディクによる将軍への献上品の中に〈ビイドロ絵板五十枚〉の記録がある。一般に知られるようになるのは,18世紀後期と思われる。1797年(寛政9)に長崎に旅行した本草学者佐藤中陵はガラス絵技法をヨーロッパ油絵技法として紹介しているが,天保年間(1830-44)以降,とくに民衆化して,町人たちの嗜好に合ったエキゾティックな〈美人図〉や〈名所図〉が描かれた。また日用品の装飾として塗椀や小箱の蓋に嵌(は)めこまれたり,また壁掛の額などにも取り入れられ,明治30年代まで無名の画工たちによって描かれ続けた。
執筆者:佐々木 静一
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透明な板ガラスの裏面に、泥絵の具や油絵の具によって普通の絵と逆の順序に描き、表面から見る仕組みの絵。
東欧の農閑期の農民が、ステンドグラスに示唆を受け、17世紀末から聖像画(イコン)をつくったことに始まる。
中国では玉板油画(ぎょくばんゆが)、玻璃(はり)油画とよび、清(しん)時代に広東(カントン)を中心に盛んに描かれた。洋館や紅毛人を描いた異国的な作風から、しだいに中国化した花鳥画、人物画も生まれた。
日本では江戸時代に長崎を通じて中国のガラス絵が輸入され、唐絵目利職(からえめききしょく)にあった荒木如元(じょげん)(1765―1824)や石崎融思(ゆうし)(1768―1846)に代表される長崎派画人によって、これに影響された豊麗な優品がつくられている。当時はビードロ絵とよばれ、司馬江漢(しばこうかん)も、1789年(寛政1)長崎から江戸への帰途、岡山でガラス絵を描いた(江漢著『西遊日記』)。江戸に伝わったガラス絵は、歌川派の浮世絵師によって浮世絵風の美人画や役者絵に結実し、葛飾北斎(かつしかほくさい)は『画本彩色通』(1848)のなかでガラス絵技法に言及している。
洋風画と軌を一にして発展した日本のガラス絵は、明治に入ると文明開化にちなむ主題が多くなり、しだいに類型化して、明治30年(1897)を境にして急速に衰えていった。大正期から昭和初期にかけて、小出楢重(こいでならしげ)が芸術的な香り豊かなガラス絵を描いた。近年、ガラス絵を再認識した洋画家により、独自な作風をもつ作品が現れ始めている。
[金原宏行]
『内田六郎著『硝子絵』(1942・双林社)』▽『小野忠重著『日本の民画――泥絵とガラス絵』(1954・アソカ書房)』▽『岡田譲監修『内田コレクション・ガラス絵』(1976・静岡新聞社)』
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