キュステンディル(英語表記)Kyustendil

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キュステンディル
Kyustendil

ブルガリア南西部の都市。ソフィアから北マケドニアスコピエ方面に通じる鉄道,道路の要地。1~6世紀の古代都市パウタリアの跡に建設された町で,中世から近世にかけてベルバジドの名で知られた。果樹,野菜,タバコ栽培の盛んなキュステンディル盆地の経済,文化の中心地。食品加工,食肉,乳製品,製材,家具,製靴,電気機器,織物などの工場も多い。付近に鉱泉が多く,国立温泉保養所がある。古代から中世の遺跡,遺物が多い。人口 4万7602(2004推計)。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル大辞泉の解説

キュステンディル(Kyustendil/Кюстендил)

ブルガリア西部の都市。首都ソフィアの南西約90キロメートル、オソゴボ山の麓のバンスカ川沿いに位置する。古代ローマ時代より温泉地として知られ、2世紀から3世紀頃の浴場の遺跡がある。現在も多くの温泉やサナトリウムがある。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

キュステンディル
きゅすてんでぃる
Kjustendil

ブルガリア西部の都市。キュステンディル県の県都。首都ソフィアの南西90キロメートルに位置し、ソフィアとは鉄道で結ばれる。人口7万0607(2001)。古代ローマ時代には、パウタリアPautalia(温泉を意味するpoteから派生)とよばれ、2~3世紀のローマ浴場の遺跡が市内にある。4~6世紀にローマはこの都市に基盤を固め、南下するスラブ人や西進するアバール人に対する要塞(ようさい)とした。13世紀初頭にブルガリア領に加えられるが、中世には隣国のセルビアとの争奪の的となった。14世紀末にオスマン帝国の支配下に入り、16世紀中ごろに現在の都市名が用いられるようになった。18世紀後半には、組紐(くみひも)、製靴、金属加工などの手工業とその産品を取引する商人の町として繁栄し、ブルガリア人住民のなかから民族独立の機運も芽生えた。1878年の独立後、繊維産業やたばこ産業が発達し、以後重要な産業になった。また、この地方ではリンゴ、スモモ、サクランボなどの果樹栽培が盛んで、関連の食品加工業でも知られている。市内にはローマ時代やオスマン帝国時代の遺跡が数多く残されている。70℃以上のお湯が豊富に湧(わ)き出す温泉が有名で、多くの浴場、温浴療法のサナトリウムがある。[寺島憲治]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

ブラックフライデー

米国などで、感謝祭(11月第4木曜日)の翌日の金曜日のこと。休日とする職場が多く、商店にとってはクリスマス商戦の初日に当たる。「ブラック」は、買い物客による混雑、または黒字を連想させることから。→サイ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android