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クタイシ Kutaisi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クタイシ
Kutaisi

ジョージア(グルジア)西部の都市。首都トビリシの西北西約 200kmにあり,大カフカス山脈南斜面に発するリオニ川が,山麓からコルヒダ低地に出る地点に位置する。紀元前から知られ,コルキス,イベリアアブハジアイメレチアなど,この地方に興った王国の首都として繁栄。 1810年ロシア領となり,トビリシに次ぐジョージア第2の都市となった。ジョージアの重要な工業中心地で,自動車,トラクタ,鉄道車両,鉱山用機械,食品,ガラス,絹織物,皮革などの製造が盛ん。教育大学,歴史・民族博物館がある。旧市街には 11世紀のバグラティ大聖堂や中世の城跡が保存されている。ソチとトビリシを結ぶ幹線鉄道からの支線が延び,カフカス越えの道路によって大カフカス山脈北麓の諸都市とも結ばれる。人口 23万 8200 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

クタイシ(Kutaisi)

ジョージア西部の都市。リオニ川沿いに位置する。紀元前6世紀から前2世紀にかけて古代コルヒダ王国の首都。また、15世紀以降、イメレチア王国の首都になった。19世紀初めにロシアに併合。バグラティ大聖堂ゲラティ修道院は1994年に世界遺産(文化遺産)に登録された。

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百科事典マイペディアの解説

クタイシ

ジョージアの中西部の都市。紀元前6〜3世紀のコルキス王国の都市として知られる古い都市で,8世紀には西ジョージア王国,10〜12世紀にはジョージア王国,15世紀以降はイメレティア王国の首都であった。

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世界大百科事典 第2版の解説

クタイシ【Kutaisi】

ザカフカス地方,グルジア共和国西部の工業都市。人口23万8000(1991)。旧称クタイス。前6~前3世紀のコルヒダ国(コルキス王国)の都市として知られ,8世紀には西グルジア王国の首都,10~12世紀にグルジア王国の,15世紀以降はイメレティア王国の首都であった。17世紀後半オスマン・トルコに占領され,1770年ロシア・イメレティア軍が奪回,1810年ロシアに併合された。カフカス山脈を越えるオセティア軍道によって北カフカスと連絡。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

クタイシ
くたいし
Кутаиси Kutaisi

ジョージア(グルジア)西部の都市。カフカス山脈を南流、西流して黒海に注ぐリオニ川の扇状地上にあり、乾燥したコルヒダ低地に面する。人口21万5700(2002)。トビリシ―スフーミ間の幹線鉄道から分岐する支線があり、またカフカス山脈を越えるオセチア軍道の南端終点にあたる。紀元前6~前3世紀には、現在のジョージア西部を占めていた古代コルヒダ王国の首都であった。また15世紀からイメレチア王国の中心都市となった。1660年代から1770年までトルコ軍に占領され、1810年ロシアに併合された。ジョージアではトビリシに次ぐ工業都市で、自動車(11.5トンのトラックや発動機など)、小型トラクター、石油・ガス産業用機械、白色顔料(地元産重晶石を用いる)、食品、皮革、絹織物などの工場があり、鉱山、自動車、林学、協同組合などの研究教育機関が置かれている。劇場、歴史民族博物館もある。[渡辺一夫]

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