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グレゴリウス6世 グレゴリウスろくせいGregorius VI

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グレゴリウス6世
グレゴリウスろくせい
Gregorius VI

教皇ベネディクツス8世在位 1012~24)の対立教皇(在位 1012.5.~12.)。10世紀中頃から 11世紀初頭にかけてのローマ,特にローマ教皇庁は,有力貴族クレスケンチウス家の支配下にあった。教皇セルギウス4世(在位 1009~12)の死後,グレゴリウス6世はクレスケンチウス家によって教皇候補に立てられ,一方でクレスケンチウス家に敵対するツスクルム家はベネディクツス8世を擁立し,権力闘争が起こった。結果,グレゴリウス6世はローマを追放され,ドイツ王ハインリヒ2世(在位 1002~24)に事件を上訴したが,ハインリヒ2世はベネディクツス8世を支持し,訴えを取り下げるよう強要された。それ以降の記録は残されていない。

グレゴリウス6世
グレゴリウスろくせい
Gregorius VI

[生]?
[没]1047. ケルン
第148代教皇(在位 1045~46)。本名 Giovanni Graziano。教皇ベネディクツス9世(在位 1032~44,45,47~48)の不品行による不祥事から教皇位を守るため,金銭を支払ってベネディクツス9世を退位させたのち,1045年5月に教皇に選出された。しかし,翌 1046年に神聖ローマ皇帝ハインリヒ3世(在位 1039~56)が教皇領ストリで開催した教会会議において聖職売買の罪でとがめられ,退位してドイツへ隠退した。このときに付き添った修道士ヒルデブラントは,のちに教皇グレゴリウス7世(在位 1073~85)となった。

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