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グロピウス グロピウス Gropius, Walter (Adolph)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グロピウス
グロピウス
Gropius, Walter (Adolph)

[生]1883.5.18. ベルリン
[没]1969.7.5. ボストン
ドイツ生れのアメリカ人近代建築家。ベルリン美術学校長でプロシア教育長官であった父から影響を受け,終生教育文化問題への関心を持続した。 1910年独立して,アルフェルトファーグス工場 (1911) ,ケルンドイツ工作連盟展のモデル工場 (14) で,キャンティレバー (片持ち梁) 構造によるガラスのカーテンウォールの典型的な工法を示し,近代建築様式を確立した。

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デジタル大辞泉の解説

グロピウス(Walter Adolf Georg Gropius)

[1883~1969]ドイツの建築家。バウハウスを創設し、近代建築・デザイン運動の興隆に貢献した。ナチス政権成立以後は英・米で活躍。

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百科事典マイペディアの解説

グロピウス

ドイツの建築家。ベルリン生れ。ベーレンス事務所をへて独立。1910年―1911年のファグス製靴工場の設計で脚光を浴び,ワイマール政府に招かれて1919年バウハウスを設立,1926年そのデッサウ移転時に新校舎を建築した。
→関連項目機能主義建築国際様式建築デッサウベルクマイヤーマーラーモホリ・ナギユネスコ(UNESCO)

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世界大百科事典 第2版の解説

グロピウス【Walter Gropius】

1883‐1969
ドイツの建築家。後にアメリカに移住。ベルリンに生まれ,ミュンヘンとベルリンで建築を学ぶ。ベーレンスの事務所に勤めた後独立,マイヤーAdolf Meyer(1881‐1929)と共同で設計したファグス靴工場(1911)で認められ,やはりマイヤーの協力を得てドイツ工作連盟博覧会にモデル工場(1914)を発表,若くして指導的建築家となる。第1次大戦で兵役に服したが,敗戦後はいち早くベルリンにてB.タウトらと芸術労働評議会を結成,建築を中心とした前衛的な造形芸術運動をおこす。

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大辞林 第三版の解説

グロピウス【Walter Adolf Georg Gropius】

1883~1969) ドイツの建築家。バウハウスの初代校長として、教育活動や論著を通じ、デザインと工業社会との調和をめざす近代建築の普及に貢献。1937年渡米。代表作にバウハウス・デッサウ校舎、ニューヨークのパンアメリカンビルなど。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

グロピウス
ぐろぴうす
Walter Gropius
(1883―1969)

ドイツの建築家。ベルリンに生まれる。ミュンヘン工科大学とベルリン・シャルロッテンブルク工科大学で建築を学ぶ。1907年ベルリンのペーター・ベーレンスの事務所に入り、10年に独立した。協同者アドルフ・マイヤーとともに、ファグス靴工場(1911)、続いてケルンのドイツ工作連盟展のモデル工場および事務所(1914)を完成して、のちに彼自身が主唱した「国際建築」様式の建築デザインに先鞭(せんべん)をつけた。
 1919年、ワイマールに新形式のデザイン学校「バウハウス」を設立して校長に就任し、20世紀の建築、デザイン、造型教育にまったく新しい地平を開拓した。同校は25年デッサウに移転し、新校舎もグロピウスが設計した。28年、校長を辞任してベルリンへ帰り、そこで現代都市における新しい居住施設としての中高層スラブ状集合住宅の設計、およびその合理的配置計画の研究と実施に没頭した。
 1933年ナチス政権の成立により、34年イギリスへ渡り、その地にいくつかの作品を残して強い影響を与え、さらに37年アメリカへ亡命してハーバード大学建築学科の教授となった。ここでバウハウス以来の教育理念をさらに展開すると同時に、若い建築家たちと設計集団「T・A・C」を結成して、ハーバード大学大学院センター(1950)をはじめ数多くの作品を完成させ、またP・ブルスキと協同でニューヨークにパンナム・ビル(1957)を建てた。ボストンに没。
 工業化する20世紀の社会において、彼は特別の予見力と実行力によって、必要とされる新しい理念を他に先駆けて打ち立て、その実現のための原理的な方法を具体的に提示してみせた。この点において、彼は優れた啓蒙(けいもう)者であり、また生来の教育者であったともいえよう。[長谷川堯]
『グロピウス著、蔵田周忠・戸川敬一訳『生活空間の創造』(1960・彰国社) ▽グロピウス著、桐敷真次郎訳『デモクラシーのアポロン――建築家の文化的責任』(1972・彰国社)』

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世界大百科事典内のグロピウスの言及

【工場】より

…しかし最も有名で影響力の大きかったのはフォードの自動車工場のほとんどを設計したカーンAlbert Kahn(1869‐1942)で,短い工期で大規模な工場を建築するシステムを開発し,革命後のソ連に招かれ工場建設を指導した。近代建築史で工場建築が高い評価を得るのは,ベーレンスのAEG社タービン工場(1907)とされるが,弟子グロピウスのファグス靴工場(1911)にいたって近代産業にふさわしい工場建築の典型が定まった。他方,フランスのA.ペレは,パリの衣服工場(1919)のようにアーチやシェルなどコンクリート構法の特性を巧みに生かした工場を設計し広く影響を与えた。…

【室内装飾】より

…ドイツでは,アール・ヌーボーとゼツェッシオンの流れはまじりあって,〈ユーゲントシュティール〉や〈工作連盟Werkbund〉の活動となる。〈工作連盟〉の主幹であったP.ベーレンスの門下であるW.グロピウスは〈バウハウス〉を創設し,多くの輝かしい才能を育てて,今日の室内装飾に決定的な影響をあたえた。またル・コルビュジエを中心とする〈エスプリ・ヌーボー〉の運動や,ファン・ドゥースブルフの〈デ・スティル〉の運動は,この新しい室内装飾の方向をおしすすめた。…

【集合住宅】より

…C.A.ペリーの近隣住区理論(1929)は住宅地のまとまりの大きさと段階構成の考え方を示したものであり,日照と隣棟間隔の問題を扱ったL.ヒルベルザイマーの日照論の研究(1936)とともに,以後の集団住宅地の計画に大きな影響を与えた。また,ダメルシュトックにおけるW.グロピウスの住宅競技設計当選案(1929)は,個の均質性と平等性の主張のもとに平行配置を提案したものであり,従来の街区構成に慣れた目には新鮮な驚きを与えた。 日本でも同潤会の改組に伴って設立(1941)された住宅営団は,これらの近代合理主義計画理論を基礎に住宅地計画の基準を整備していった。…

【デザイン】より

…1908)などを経て,第1次大戦後のドイツにバウハウスが設立されたとき,である。 B.タウトら表現主義の影響をうけながらW.グロピウスが1919年ワイマールに設立したバウハウスは,産業革命以来の生産物のみならず視覚的コミュニケーションにおける上記のような先駆的活動を統合するもので,その教育システムに,デザインの思想が表現されていた。そこでは建築,家具,グラフィック,テキスタイル,演劇,写真など,あらゆる分野が結びつけられ,カンディンスキー,クレー,シュレンマー,モホリ・ナギ,イッテンなど多彩な教授陣を擁し,近代デザイン・建築運動のメッカとなった。…

【バウハウス】より


[ワイマール時代]
 バウハウスがワイマールに誕生する一般的な背景には,20世紀のはじめ以来のドイツの建築,工業デザインの発展がある。創設者W.グロピウスはこの新しい傾向のなかでももっとも際だった存在で,ファグス靴工場(1911),ケルンのドイツ工作連盟博覧会(1914)の建築で,新しい建築言語を確立していた。現実的には,ワイマール工芸学校の校長であったH.バン・デ・ベルデが第1次大戦の勃発によって敵国人になったため,後事をグロピウスに託そうとしたことからはじまる。…

【プレハブ建築】より

…その後のエッフェル塔をはじめとする鉄骨造建築も,その多くは同様の構法でつくられたものである。 一方,住宅の分野では1923年ドイツのバウハウスで,W.グロピウスの指導のもとに試作されたTrockenmontagebauと呼ばれるものがある。これは現場において水を用いないで組み立てる方法であり,しっくいやモルタルのような液状材料を使わないことから日本では乾式構造の名で呼ばれ,少数ではあるが若手の建築家に影響を与えた(1935ころ)。…

【ワイマール文化】より

…革命的高揚期のユートピア的傾向から,鉄とガラスとコンクリートの機能主義的なインターナショナル・スタイルを確立して,今日の世界を支配する近代主義建築のモデルを生み出すまで,アバンギャルドと勤労者大衆のためにという社会主義イデオロギーとの結合は,ワイマール文化の両義性を目に見えるものとして提示してくれた点で,大きな意味をもつ。グロピウスやB.タウトの目ざした勤労者のための集合住宅は,日本の団地が今日果たしている役割を考えれば,原型としての意味は測りがたいほど大きい。しかし同時にこの〈住むための機械〉が,結局資本主義的合理性の徹底であったことの限界は,今日その解放的意味を逆転させる空虚さを露呈している。…

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