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ケルチ Kerch'

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケルチ
Kerch'

ウクライナ南部,クルイム自治共和国の都市。クリミア半島(クルイム半島)東端の港湾都市。起源は前6世紀頃で,古代にはギリシア植民市パンチカパイオンとして知られていた。前5世紀にボスポロス王国の首都とされ,アゾフ海一帯を制圧したが,のちローマに従属。 13世紀にはタタール人により攻略され,1318年ジェノバ領,15世紀にトルコ領となり衰微。 1774年にロシア領。 19世紀末,地元の鉄鉱床の開発により発展。クリミア戦争,第2次世界大戦では大きな破壊を受けた。主産業は鉄鉱石採掘のほか,石炭化学,肥料,水産加工,造船,船舶修理などの工業である。港はケルチ海峡にのぞみ,対岸と鉄道連絡船で結ばれる。港からは鉄鉱石を大量にドンバス (ドネツ炭田) に移出。漁港もある。周辺は史跡に富み,ローマ時代のカタコンベ,古代の墳墓 (クルガン) が多数分布し,歴史・考古学博物館がある。観光開発にも力を入れている。人口 17万 8300 (1991推計) 。

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百科事典マイペディアの解説

ケルチ

ウクライナのクリミア半島東端,ケルチ海峡に臨む港湾都市。冶金造船工業のほか漁業,タバコ栽培等が行われる。前6世紀ごろこの地にギリシアの植民都市パンティカパイオンが栄えた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ケルチ【Kerch’】

ウクライナ南部,クリム州東部に位置する港湾都市。アゾフ海と黒海を結ぶケルチ海峡に臨む。人口17万8300(1991)。ギリシア人植民市パンティカパイオンPantikapaionを起源とし,その後ボスポロス王国の首都となり,10~12世紀にはトムタラカン公国の支配下に入った。その後トルコ領となったが,露土戦争の結果のキュチュク・カイナルジャ条約(1774)によりロシア領となった。金属,造船,漁業などを中心として産業が発展しており,特に重要な輸送拠点でもある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ケルチ
けるち
Керчь Kerch'

ウクライナ南部、クリミア地方の港湾都市。人口15万7000(2001)。クリミア半島の東にのびるケルチ半島東端にあり、アゾフ海と黒海を結ぶケルチ海峡に面する。海峡対岸のタマン半島カフカス駅との間に鉄道連絡船が通じる。市域内に旧ソ連地域有数のカミシ・ブルン鉄鉱山があり、その採掘、選鉱、冶金(やきん)が行われるほか、造船、水産加工などの工場がある。鉄鉱山の鉱石は主として褐鉄鉱で、品位35~40%、すべて露天掘りで採掘される。鉱石はケルチで製錬されるほか、アゾフ海北岸のマリウポリへも輸送されて製錬される。市は紀元前6世紀より知られ、古代ギリシア人はパンティカパエウムPanticapaeumとよんだ。第二次世界大戦初期の1942年にドイツ軍との間に激しい攻防戦があり、勇敢な戦いがたたえられてソ連の英雄都市の称号を得た。歴史考古博物館、劇場などがある。[渡辺一夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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