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黒海 こっかいBlack Sea

翻訳|Black Sea

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

黒海
こっかい
Black Sea

南東ヨーロッパと西アジアの間に位置する内海。ロシア語ではチョルノエモーレ Chernoye More,トルコ語ではカラデニズ Karadeniz。古代ギリシア語ではポントスエウクセイノス Pontos Euxeinosと呼ばれた。地中海付属海で,ボスポラス海峡マルマラ海ダーダネルス海峡を経て地中海とつながり,ウクライナ,ロシア,ジョージア(グルジア),トルコ,ブルガリア,ルーマニアに囲まれる。面積 42万3000km2ケルチ海峡で結ばれる北のアゾフ海を含めると約 47万km2。平均水深 1197m。北部,西部には広大な大陸棚が発達,南に向かって深くなり,2210mに達する最深部は南岸に近い中央部にある。表層部の平均水温は冬季で 6℃,夏季 26℃。塩分濃度は外洋の約半分程度で,表層で 17‰,深部で 22.3‰であるが,マルマラ海の水が流入するボスポラス海峡付近では 38‰になる。沿岸には保養地が多く,ニシン,チョウザメなどが漁獲される。古代から東西貿易の中継地にあたり,前8世紀からは沿岸各地にギリシアの植民市が建設された。ビザンチン帝国時代にはササン朝ペルシアやキエフ諸公(→キエフ公国)の抗争の舞台となり,14世紀頃からオスマン帝国が進出,トルコ領内の海と化した。18~19世紀になると数次にわたる露土戦争によって,トルコの独占権はしだいにせばめられ,1912年の第1次バルカン戦争(→バルカン戦争)後,沿岸諸国の関係がほぼ今日のかたちをとるにいたった。沿岸主要港はウクライナのオデッサ,ロシアのノボロシースク,トルコのシノップ,ブルガリアのバルナ,ルーマニアのコンスタンツァなど。

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百科事典マイペディアの解説

黒海【こっかい】

ヨーロッパとアジアの境にあり,ウクライナ,ロシア,ジョージア,ルーマニア,ブルガリア,トルコに囲まれる内陸海。英語ではBlack Sea。ボスポラス海峡ダーダネルス海峡で地中海と通じ,北部はケルチ海峡でアゾフ海と通じる。
→関連項目大西洋地中海ドナウ・デルタロシア

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世界大百科事典 第2版の解説

こっかい【黒海 Black Sea】

ロシア,ウクライナ,ルーマニア,ブルガリア,トルコ,グルジアに囲まれた内海で,アジアとヨーロッパの境界線上にある。ロシア語でChyornoe more。北東部のケルチ海峡で付属海のアゾフ海と,南西部の浅く狭いボスポラス海峡でマルマラ海に,ついでダーダネルス海峡でエーゲ海を経て地中海と通ずる。面積約42万km2,水深は平均1300m,最深点2212m。 ドナウ,ドニエプル,クズルウルマク川などが流入する。

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大辞林 第三版の解説

こっかい【黒海】

〔Black Sea〕 小アジアとヨーロッパ大陸の間にある内海。ボスポラス・ダーダネルス両海峡を経て地中海に通じる公海。ロシア連邦・ウクライナ・ルーマニア・ブルガリア・トルコなど沿岸国の水上交通路として重要。亜硫酸化合物の沈殿のため海底が黒く見えるので、この名があるという。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

黒海
こっかい
Чёрное Море Chyornoe More ロシア語
Black Sea英語

ヨーロッパとアジアの間にある内陸海。周囲は、北岸から東岸にかけてウクライナ、ロシア連邦、ジョージア(グルジア)、南岸がトルコ、西岸はブルガリアとルーマニアの国々に接する。南西端のトルコ領で、ボスポラス海峡、マルマラ海、ダーダネルス海峡を通じて、地中海東部のエーゲ海と結ばれている。そのため、海洋学的には地中海の付属海として扱われている。北部にはクリミア半島が突出し、西のカルキニット湾と東のアゾフ海とを分けている。アゾフ海と黒海はケルチ海峡で結ばれている。おもな流入河川には、北岸からドニエストル、ドニエプル、アゾフ海にドン、南岸にはクズル・ウルマク、サカリヤ、西岸にはドナウなどがある。面積約42万2000平方キロメートル。[村田 護・外川継男]

深度・水温・塩分

深度は、北部沿岸地帯は大陸棚の発達で浅いが、他の地域は平均1300メートルである。中心部には東西方向に2000メートル以上の深度を有する地帯が長く分布し、最深点は2211メートルに達する。平均水温は、表層面では冬季6℃、夏季23℃前後であるが、60~80メートル以深では7℃前後でほとんど変化がない。塩分は、上層部分では流入河川と降水量が多いため濃度18前後で、地中海の半分にも満たない。しかし深度を増すにしたがって塩分は増加し、2000メートルでは濃度約22に達する。これは、上層部分においては黒海から地中海への流出量が多く、低層にいくにしたがって地中海から濃度の高い海水の流入量が増加するためである。[村田 護・外川継男]

漁業・港湾

漁業はおもに北岸周辺の浅場で行われ、ニシン、イワシ、サバ、チョウザメ、タイ、ヒラメなどが漁獲される。生息する魚族は豊富で160種を超える。周辺のおもな港は、ウクライナのオデッサ、ニコラエフ、セバストポリ、ロシア連邦のノボロシースク、ジョージアのバトゥーミ、トルコのシノプ、トラブゾン、ルーマニアのコンスタンツァ、ブルガリアのブルガス、バルナなどがある。これらの港を経由する交通、貿易などが盛んで、とりわけ旧ソ連では全輸出量の2分の1、輸入の4分の1は黒海の海上貿易に依存していた。このように、周辺諸国にとって黒海の果たす役割は大きく、有史以来、領有権、通航権などをめぐる紛争が絶えなかった。ロシアはソ連時代から黒海北岸のセバストポリを黒海艦隊の基礎としてきたが、この帰属をめぐってウクライナとの間に対立が続いた。しかし1995年6月のソチ協定で分割が決まり、1997年5月にはロシアがセバストポリをウクライナから20年間租借することでひとまず決着した。[村田 護・外川継男]

歴史

「黒海」の名はトルコ語のカラデニス、すなわち「黒い、悪い海」からきているといわれるが定説はない。紀元前7世紀から沿岸に植民市(シノペ、トラペズント、タナイス、ケルソネスなど)を建設し始めた古代ギリシア人は、最初ポントス・アクセイノス(愛想の悪い海)とよんだが、植民活動の進展につれて、逆にポントス・エウクセイノス(愛想のよい海)と名づけるようになった。彼らは、黒海で産する魚類や、北岸ステップ地帯に住むスキタイ人の穀物などの産品を本国に運んだ。やがて前1世紀からローマの支配下に入るようになり、紀元後4世紀にコンスタンティノープルが東ローマ帝国の首都となるに及んで、黒海の戦略的、経済的重要性は一段と高まった。トラブゾン経由のペルシアとの交易や、8世紀以降はドン川方面のハザール国との交易が重要であった。
 北方では6~7世紀以降スラブ人の進出が顕著になる。なかでもロシア人は9世紀以降、バルト海から黒海を経てコンスタンティノープルに至る通商路(いわゆる「バリャーグからギリシアへの道」)を利用して盛んに貿易を行った。だが13世紀前半モンゴル人が侵入してボルガ川下流域にキプチャク・ハン国を樹立するや、この通商路は断たれ、さらに15世紀中葉にビザンティン帝国を滅ぼしたオスマン・トルコ帝国がハン国をも支配下に置くや、黒海は以後ほぼ300年にわたって実質的にトルコ人の海となる。だがこの間貿易がとだえたわけではなく、イタリア、フランス、のちにはイギリス商人がトルコ政府に関税を支払って黒海貿易に従事した。
 17世紀末からロシアが海への出口を求めて南進を図り、ピョートル大帝は1696年アゾフを占領し、1699年のカルロウィッツ条約でこの地方の併合を認めさせた。その後ロシアは北方戦争中に一時アゾフ地方を失うなどしたが、数次の対トルコ戦争の結果、ついに1774年のクチュク・カイナルジ条約および1792(旧暦1791)年のヤーシの条約で、黒海北岸の併合、黒海の自由航行権などをかちとった。だがその後ロシアがクリミア戦争(1853~1856)に敗れて、黒海は中立化され、ロシアの地中海への進出の野望はくじかれた。今日ローザンヌ条約(1923)により黒海はすべての国の船舶に開放されているが、モントルー条約(1936)により非沿岸諸国の軍艦については若干の制限が課されている。[外川継男・栗生沢猛夫]

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世界大百科事典内の黒海の言及

【ジェノバ】より

…第4回十字軍(1204)によりビザンティン領域から追われたジェノバ人は1260年に復帰し,コンスタンティノープルに接したペラに居留地を設け,クリミア半島のカッファ(現,フェオドシア)やドン川の河口のタナにも拠点を得た。黒海は商業的には〈ジェノバの湖〉になったという。13世紀後半から14世紀初頭にかけて,ジェノバは黒海,エーゲ海(キオス島,レスボス島),ファマグスタ(キプロス島)などを結ぶ海上帝国を建設することに成功し,1298年にはベネチアとの海戦にも勝利を収めた。…

※「黒海」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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