改訂新版 世界大百科事典 「ケルン大学」の意味・わかりやすい解説
ケルン大学 (ケルンだいがく)
Universität zu Köln
大学成立以前からケルン:ではアルベルトゥス・マグヌス,トマス・アクイナス,ドゥンス・スコトゥスら著名人が教会学校などで教鞭をとっており,ライン地方の学芸および宗教上の中心地であった。ケルン大学は市参事会の主導により1388年に市立の大学として創設された。パリ大学を模範とし,神学,法学,医学,教養の4学部制をとっていたが,ナティオnatioとよばれる国民団組織はなかった。第1回対仏同盟戦争さなか(1798)大学は閉鎖された。現在の大学は第1次世界大戦後の1919年,すでに開学していた商科大学,医学アカデミー,自治・社会行政大学の三つの単科大学を統合し,法学,医学,哲学,経済・社会科学の4学部をもつ大学として再建されたものである。神学部をもたない新しい型の大学であった。再開当時は市立であったが,53年ノルトライン・ウェストファーレン州立に移管されて現在にいたっている。96年現在,上記4学部のほかに,理学部・教育学部などが増設されている。教師数,約1900,学生数,約5万4000。
執筆者:別府 昭郎
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