とくに自然科学と断らない場合でも,現在通常は〈科学〉と同義である。自然についての体系的な知識を指すが,とくに人文科学,社会科学と対比させるときに用いられることが多い。英語では,18世紀までnatural scienceという使い方はなく,natural philosophyが近い概念であった。フランス語のscienceはおそらく最も古くから今日の〈自然科学〉に近い概念として用いられていたと考えられ,わざわざ〈自然〉を表す形容詞を加えて〈science naturelle〉とする場合はむしろ〈博物誌(自然史)〉の概念に近づく。ドイツ語ではscienceに相当するWissenschaftが用いられるが,この語にはそのままではとくに高度な〈学識〉の意味がこめられることが多く,やはりNaturwissenschaftというべきだろう。ドイツ語では〈自然科学〉は〈文化科学Kulturwissenschaft〉もしくは〈精神科学Geisteswissenschaft〉と対立させられることが多い。
内容的には,経験に基礎を置き,実験・観察を重用し,数学的表現に依存することが多く,客観的普遍性を求め,確固たる因果性を法則に求める,といった特徴を言い立てられることも多いが,自然科学と他の知識領域の間に,内容上の特性からはっきりした区別を立てうる,という考え方自体,必ずしも成り立たないとする主張も最近目立つ。歴史的にみれば,ヨーロッパ中世の学問分類(自由七科)のなかでの〈トリウィウムtrivium〉の三科と〈クアドリウィウムquadrivium〉の四科は,今日の視点から内容の性格規定をすれば,〈人文系〉と〈自然系〉に分けることも可能であろう。文法,論理,修辞学のトリウィウムがことばに関する学問であるのに対して,算術,天文学,幾何学,音楽のクアドリウィウムは,自然の計測に関する学問と考えられるからである。当時音楽は〈芸術活動〉ではなく,自然の数的秩序に関する学問であった。自然科学,社会科学などの区別が意識されるようになったのは,19世紀西欧で,諸科学の独立・分化が進展して以降のことである。学際化,かつ専門領域の細分化の著しい今日,自然科学に数えられる学問を挙げることは,あまり意味はないが,常識的には,物理学,化学,生物学,地学を四つの柱として立てることが多く,高等教育機関での制度としては,これに数学を加えて〈自然科学系〉の学問とする。
→科学
執筆者:村上 陽一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物をも含む物質的自然を対象とする人間の認識活動であり、その成果のまとまりでもある。非常に幅広い対象および多様な手法に応じて、さまざまな分科をもつ。
自然科学は、また非常に複雑な社会的存在でもある。かつてJ・D・バナールは自然科学を次の五つの側面、すなわち、(1)一つの制度(社会的機関)として、(2)方法として、(3)累積的に伝承された知識として、(4)生産の維持と発展の主要な一要因として、(5)宇宙と人間に対する信条と態度を形成させる強力な影響力の一つとして、の総体であると述べた。
もともと生産活動や技術を源泉として人間の自然認識は生まれたが、19世紀以降、生産技術とより密接にかかわることによって自然科学が自立し、重要な社会的制度として成長してきた。すなわち19世紀に、力学や天文学以外の物理学、化学、生物学、地学といった分野が、記述や分類を主目的とした博物学(自然誌)や、自然についての哲学的認識体系を求める自然哲学から独立し、自然科学natural science(英語)、Naturwissenschaft(ドイツ語)としてのまとまりを認められるようになった。
さまざまな意味で自然科学の社会的影響力の大きさが論じられている現在、単なる認識や思想の側面だけではなく、社会的存在として全面的な理解が求められている。なお、「科学」という表現で自然科学を意味することも多いが、人文科学、社会科学、技術科学(農学、工学など)と区別する際に、とくに「自然科学」の表現を用いる。
[髙山 進]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…一般にこの自然学と宇宙論とが近世以前の自然哲学の形態であった。近世では経験的自然科学が分化し,数学の適用による自然現象の量的・実験的解明により,自然法則の発見されうる諸現象,法則の発見により人間が利用し征服しうる諸対象が自然と解される。自然は主観の対象として,経験科学の領域,方法,目的,関心に応じた諸対象に分節され,これとともに自然的世界の認識は科学の成果として,人間の歴史的世界の内部に編入される。…
※「自然科学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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