ケルン大学(読み)ケルンだいがく(英語表記)Universität zu Köln

  • ケルン大学 Universität zu Köln

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

1388年に教皇ウルバヌス6世の認可のもとドイツ,ケルン市に設立された大学。神学を中心とする中世ヨーロッパの典型的な大学で,15~16世紀が最盛期。 1798年にはフランス革命のあおりで閉鎖されたが 1919年に再興され,現在は経済・社会科学,法学医学哲学数学自然科学,教育学,特殊教育・療法などの学部で構成されている。教員数約 2000名,学生数約5万 4000名 (1997) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

大学成立以前からケルンではアルベルトゥス・マグヌストマスアクイナス,ドゥンス・スコトゥスら著名人が教会学校などで教鞭をとっており,ライン地方の学芸および宗教上の中心地であった。ケルン大学は市参事会の主導により1388年に市立の大学として創設された。パリ大学を模範とし,神学,法学,医学,教養の4学部制をとっていたが,ナティオnatioとよばれる国民団組織はなかった。第1回対仏同盟戦争さなか(1798)大学は閉鎖された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

1388年自由都市ケルンに、ウルバヌス6世Urbanus Ⅵの勅書を得て設立された中世大学の一つ。フランスのパリ大学に範をとり、神学を中心にハイデルベルク大学と名声を競ったが、しだいに振るわなくなった。1798年にはフランスに占領されるに及び、大学は閉鎖された。その後20世紀に入り単科の商科大学として再建され(1901)、臨床専門の医学アカデミーを吸収した(1904)。1919年プロイセン政府がケルン市と契約して総合大学となり、第二次世界大戦後ノルトライン・ウェストファーレン州に移管された。1999年現在、経済・社会科学、法学、医学、哲学、数学・自然科学、教育学、特殊教育・療法学の7学部があり、教員数約2000人、学生数約6万3000人を数える。

[馬越 徹]

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