翻訳|game theory
ゲームの理論theory of gamesとも呼ばれる。数学者J.L.フォン・ノイマンと経済学者モルゲンシュテルンO.Morgensternとの共著《ゲームの理論と経済行動》(1944)を出発点として発展した理論で,20世紀前半における最も輝かしい科学的業績の一つである。室内ゲームから,政治,経済,社会に至るさまざまな問題をゲームとして定式化して考察するが,ここでいうゲームとは,これらの問題を規定する1組のルールのことである。ルールとして明確にしなければならないことに,次のようなものがある。(1)プレーヤー 意思決定し行動する主体はだれかということである。プレーヤーは個人であっても,企業や政党や国家などの何らかの組織であってもよい。(2)とりうる行動 各プレーヤーのとりうる行動は何か。それは自然の法則や社会的条件によって制約されたもので,各プレーヤーは自分のもつとりうる行動から,いくつかの行動計画を立てるのが普通である。この行動計画を戦略と呼ぶ。(3)時間要素と初期状態 ゲームが1回限りのものか,何段階にもわたって行われるものか,また終了時点が定まっているかなども,ゲームを定める重要な要素である。そのときゲームの出発点におけるプレーヤーの状態もまたプレーヤーのとりうる行動を規制する。(4)利得と利得関数 各プレーヤーが何らかの戦略をとってゲームは終了し,ある結果が定まる。この結果について,各プレーヤーは何らかの評価をもち,各プレーヤーにとっての評価値が定まる。この評価値をプレーヤーのもつ効用とか,受けとる利得と呼ぶ。ゲームには偶然の要素がしばしば加わり,相手の行動の予測が困難な場合が多いから,リスクや不確実性のもとでの意思決定の問題に直面する。フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンは,このようなリスクのもとでのプレーヤーの選好を公理化し,今日,フォン・ノイマン=モルゲンシュテルン効用と呼ばれる効用の概念を定義した。ゲーム理論では,利得はフォン・ノイマン=モルゲンシュテルン効用によって表すのが普通である。結果は各プレーヤーのとる戦略によって定まるから,利得は各プレーヤーのとる戦略の関数である。この関数を評価関数,利得関数などと呼ぶ。ゲームとして最も本質的なことは各プレーヤーの利得は自分のとる戦略の関数であるだけでなく,他のプレーヤーのとる戦略の関数であるということである。このような性質をもつ現象はすべてゲームとして表現されるといってよい。(5)協力の可能性 プレーヤーは自主的な判断にもとづいて行動するが,そのときプレーヤー間において,何らかの話合いを行い,それぞれのとるべき行動について取決めを結ぶことが可能であるときに,このゲームを協力ゲーム,そうでないときに,非協力ゲームという。
(1)展開型 非協力ゲームをゲームの木,情報集合などを用いて表した形で,最も詳細な表現法である。ゲームの木とは,分岐点と頂点と選択肢(枝)とからなるもので,例えば,P1,P2,P3の3人のプレーヤーがそれぞれ二つ選択肢をもっていて,まずP1が選択し,次にP2はP1の選択の結果を知らずに,自分の枝の中から一つを選択し,次にP3は,P1の選択を知り,P2の選択を知らずに,自ら選択して,ゲームが終了するとすると,この関係は,図のようなゲームの木で表される。この図で分岐点をかこんだものは,プレーヤーが自分の意思決定にあたって,どの範囲の分岐点にいるかを知っていることを示す集合で,情報集合と呼ばれる。プレーヤーがもつ分岐点は,いくつかの情報集合に分割されて,それはプレーヤーの情報構造を示すと考えられる。tiは頂点で,ゲームが終了したときの状態を示し,それぞれの頂点(ゲームの結果)に対して,各プレーヤーは何らかの評価(効用,利得)をもつ。このような展開型によって,情報構造と意思決定の関係が詳細に分析され,社会的状況における情報の問題に多大の考察を与えている。
(2)戦略型または標準型 プレーヤーのもつ戦略を中心にゲームを表現したもので,n人のプレーヤーP1,P2,……,Pnがそれぞれとりうる戦略の集合S1,S2,……,Snをもっていて,その中から,ある戦略r1,r2,……,rnを選ぶことによってゲームが終了したとすると,プレーヤーPiの利得関数は,fi(r1,r2,……,rn)と表すことができる。プレーヤーが2人で,それぞれ3個の戦略をもっているとすると,戦略と利得の関係は,
と書くことができる。ここでaijはP1,bijはP2の利得である。このような行列を利得行列という。つねに2人の利得の和がゼロのときにはゼロ和2人ゲームという。P1の利得をaijとすると,P2の利得は-aijである。例えば,行列(aij)を,
とすると,この行列はP1の利得行列で,この利得行列に関して,P1は最大値を求めるプレーヤー(最大化プレーヤー)であり,P2は最小値を求めるプレーヤー(最小化プレーヤー)である。この場合には,両者の利害は完全に対立し,最大化プレーヤーは相手が最小化しようとすることを考えて,自分の戦略iに対する最小値を考え,その中の最大値を与えるような戦略,すなわち,となる戦略をとるのが最適であるといえる。このような戦略をマックスミニ戦略という。最小化プレーヤーにとっては,逆にミニマックス戦略が最適戦略である。このような行動原理(戦略の選択基準)を一般にミニマックス原理という。
非ゼロ和n人ゲームは非協力ゲームと協力ゲームとに分かれる。非協力ゲームでは,自分以外のプレーヤーがある戦略をとっていて,自分だけが戦略を変えても利得が増加しないとき,その戦略の組を均衡点と呼ぶ。次のような囚人のジレンマ型ゲームでは,
(α2,β2)という戦略の組が均衡点である。そのとき利得は(1,1)であるから,それは,(5,5)という利得の組より,2人とも少ない利得しか与えられない戦略の組である。このように,非協力的状況においては,プレーヤー間の戦略の均衡が必ずしも最適とはいえない場合が生ずる。非協力ゲームは人間の社会的行動の基礎として,その構造が研究されており,また経済学における競争市場の分析をはじめとして,広い分野で応用されている。
戦略型協力ゲームでは,プレーヤー間の交渉結果のもつべき基本的性格を公理化し,その基準をみたす一意の利得分配を定めるナッシュ解がよく知られている。
また同一のゲームが反復して行われる反復ゲーム,ある部分ゲームから他の部分ゲームに確率的に移行する確率ゲーム,ゲームの状態や戦略が連続な時間の関数として表される微分ゲームなどのように,時間の経過に伴って行われるさまざまな多段階ゲームがある。
(3)提携型または特性関数型 協力ゲームの表現方法で,n人のプレーヤーのうち何人かが提携して,その提携内では合意によってとるべき戦略が決定され,提携としてのとりうる値(提携値)が定まるような状況を示すものである。各提携に対して,その提携値を与える関数を特性関数と呼ぶ。この特性関数を使って,どのような提携が成立し,どのような利得分配が成立するかを考えるのが,このタイプのゲームの主たる問題である。
与えられた状況のもとで,プレーヤーがどのような行動基準にもとづいて行動するかによって,さまざまな解の概念がある。どの提携をとってみても,その提携のメンバーの受けとる利得の和がその提携の提携値をこえているような利得分配の集合をコアといい,経済学では広く用いられていて,市場の取引の結果はコアに属することが知られている。提携として行動するということを強く意識して考えた概念にフォン・ノイマン=モルゲンシュテルン解(安定集合ともいう)があって,寡占市場や政治問題の分析に用いられている。交渉過程において,プレーヤーが提案された利得分配に対してもつ異議やそれに対抗する逆異議を厳密に定義して,交渉の結果を求めたものに交渉集合,カーネル,仁などがある。仁は各提携から出される最大不満を最小にするという考え方から導かれたもので,唯一の利得分配を与える。またシャープリー値はそのゲームにおいて,さまざまな提携がつくられる際の各プレーヤーの貢献度の平均値を表す指標である。投票の分析でよく用いられ,その際にはシャープリー値は投票者ひとりひとりがその投票メカニズムにおいて持ちうる力を示す投票力指数となる。このほかにも,提携構造と利得分配との組の安定性を考察したΨ安定など,問題の状況に応じた解の概念がいくつか研究されており,ゲーム理論の多様性を示している。
ゲーム理論とは,簡単にいえば,1組のルールによって定義された対象に関する数学の一分野であるが,その内容は広い領域にわたって深いものをもっている。同じくゲームから出発した確率論を意思決定理論という面で比較すると,確率論はただ一人の意思決定主体が偶然事象に直面したときの意思決定に関する理論であるのに対して,ゲーム理論は複数の意思決定主体が相互依存の関係にあるときの意思決定に関する理論である。ゲーム理論は自由な自立的な人間を前提として,その相互依存関係のもとでの意思決定,行動,効用などを考える人間関係の数学的理論であり,それを通して社会の構造を明確に認識することができる。すなわち,ゲーム理論は社会認識のための数学的理論である。
したがって,それは単に数学の一分野というだけでなく,哲学,倫理学などの人文科学,社会学,政治学,経済学,経営学などの社会科学をはじめとして,統計学,情報科学,オペレーションズ・リサーチ,計画学,その他の理学や工学の基礎理論として重要な役割をになっている。例えば,経済学においては,投票の理論や,公共財の供給やその費用負担を中心とする社会的選択理論,寡占市場を出発点とする市場理論や一般均衡理論などは,ゲーム理論によって厳密に基礎づけられることによって初めてその構造が明確になったということができる。このように広い分野で重要性が認識されるに伴い,20世紀における最も重要な科学的貢献の一つといわれている。
執筆者:鈴木 光男
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(依田高典 京都大学大学院経済学研究科教授 / 2007年)
(桂利行 東京大学大学院教授 / 2007年)
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…学問領域としては,50年代までにすでに理論的基礎が完成し,近年では独自の領域として言及されることはまれだが,これはこの領域が死んだためではなく,生産分析における当然の前提として基礎理論の不可欠の一部に組み込まれ,いわば正統理論化された現実の反映にほかならない。さらに,アクティビティ・アナリシスによってはじめて生産の経済分析を線形計画法やゲーム理論と本質的に関連づけることができるようになり,また投入産出分析(産業連関表)の理論的基礎が用意された事実も見逃せない。 アクティビティ・アナリシスの鍵概念は工程(アクティビティ)である。…
…また,リスクをなるべく避けようとする人々がいる一方,より大きな成果を求めてむしろリスクを受け入れてもよいと考える人々がいるなど,意思決定に関わる判断の個人差が大きいことも知られており,高齢者が一般に選択を回避しようとする傾向も指摘されている。
[意思決定の研究]
意思決定についての体系的な研究は,ゲーム理論から発達した統計的意思決定論と,行動的意思決定論という,相互に関連しつつやや発展の方向が違う二つの領域で行われてきた。前者が合理的な意思決定のあるべき姿を指定するものだとすると,後者は意思決定に関わる人間の認知や行動の現実を記述するもので,主に心理学や組織研究の分野に属する。…
…すなわち,フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンらの示したことは,結果に関する確率分布の順序づけが強い独立性公理を含む一組の公理体系に従うならば,事象の生起に関する主観的確率分布と結果を評価する基数的効用関数が存在して,その順序に確率と効用の積の総和として表される期待効用の水準を対応させることができるということであった。その後,期待効用理論は,ゲーム理論と密接に結びついて発展し,経済理論においてもフリードマンとサベッジは,基数的効用に関する限界効用逓減(逓増)性が危険回避(愛好)を意味することを明らかにし,アローとプラットは基数的効用関数の性質に基づく危険回避度の定義に成功するなど,マーコビッツ以降の資産選択理論をはじめとして,不確実性下の選択および経済制度の一般均衡的分析において中心的な役割を果たすに至っている。【林 敏彦】。…
…このモデルを用いて,発話の意図を分析し,人間との対話を行うシステムが開発されている。またゲーム理論を用いた交渉プロトコルが研究されている。ゲーム理論を応用すると,たとえ目標が一致しなくても,共同プランが作成可能となる。…
※「ゲーム理論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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