翻訳|oligopoly
複数のしかし少数の大企業がその産業のマーケット・シェアを占めている産業構造のことで,オリゴポリーともいう。日本における典型例としての自動車,ビール,鉄鋼業等を取り上げるまでもなく,現代資本主義経済の特徴的な産業構造である。寡占は,一つには寡占企業がその独占力を使って,価格をつり上げ効率的な資源配分を乱すとともに,消費者から独占的な利潤を得ることによって所得分配に影響を与える。一方,寡占産業では価格や各企業のマーケット・シェアが硬直化し,あるいは価格の下方伸縮性が失われる(=価格の下方硬直性)ことによって,経済全体での価格メカニズムの働きが阻害されるため,失業,景気循環,インフレーション等,現代経済のマクロ的諸病理の原因の一つであるとされる。しかし,寡占市場で,どの程度資源配分の効率性や所得分配の中立性が失われ,また価格の硬直化が発生するかは,その市場で取引される財の性質,生産技術の性格,その産業の歴史,経験等,多くの要因に依存する。これは,少数の大企業の相互依存関係という寡占特有の要素が,寡占企業の行動様式をきわめて複雑なものにしているからである。独占や完全競争の場合と異なって,寡占の標準理論といわれるものが存在しないのもこのためである。
寡占は,各売手が自己の供給量を変化させることによって,市場で成立する価格を動かすことができる(つまり独占力をもつ)という意味での,〈広義の不完全競争〉的市場構造の一つであり,〈独占〉と〈独占的競争〉(ないし〈狭義の不完全競争〉)の中間に位置する。寡占の基本的特徴は,独占と異なり,各売手にとって競争的立場にある別の売手が存在し,しかも各売手のマーケット・シェアが微小である独占的競争と異なり,一つの売手の行動が他の売手に本質的な影響を与える点にある。つまり,寡占のもとでの企業の利潤は,自己の行動だけでなく他のライバル企業の行動にも依存する。したがって,企業が最適な行動を決定するには,ライバル企業の行動をどう予測するか,自分の行動に対してライバル企業がどう反応すると推測するかが,決定的に重要となる。これが寡占の分析を困難にする第1の要因である。このため,寡占市場の分析には,各主体間の利害が対立する状況のもとでの合理的な行動を分析するゲーム理論がしばしば援用される。ここでも,ゲーム理論を使って簡単な例を説明することで,寡占の本質的問題点を明らかにしよう。
いま二つの企業(A,B)がある商品の市場を分け合っている状態を考える(このように売手の数が二つである寡占をとくに〈複占polipoly〉と呼ぶ)。それぞれの売手が高価格と低価格という二つの戦略(行動)のどちらかだけを選べるとすると,市場の状態はA,Bそれぞれがどの価格をつけるかで,四つのケースに分けることができる。もし両企業がともに高価格をつけるとすれば,独占的な利潤を分け合うことができる。このとき両企業はそれぞれ100億円の利潤を得られるとしよう。また,両企業が低価格をつければ利潤はなくなり,どちらの企業も利潤は0となるとしよう。最後に,一つの企業が高価格を,相手の企業が低価格をつけたときには,需要は低価格企業に流れ,買手のいない高価格企業では10億円の損失,需要は多いものの低価格で販売する企業の利益は50億円になるとしよう。以上をまとめたのが表1である。ここで,かっこ内の二つの数字は,対応する戦略がとられたときの,左側が企業Aの利潤を,右側が企業Bの利潤を表している。
このとき各企業は相手企業が高価格をつけることがわかっているなら,独占利潤を分け合うように高価格をつけるほうが利益を大きくできる。しかし,もし相手が低価格をつけるなら,高価格をつけるよりみずからも低価格をつけて損失を避けようとするだろう。このように自分がどの戦略をとるかという意思決定は,相手企業がどのような戦略をとると予想するかに依存する。したがって,予想が異なれば市場で最終的に成立する状態(均衡解)も変わってしまう。
予想の問題を具体的に考える前に,寡占の第2の問題に触れておこう。寡占の場合,各企業が戦略としてなにを使うか,また製品が同質的か否かによっても結果が異なってくる。各企業が作る製品が同質的な場合には,他企業より少しでも低い価格をつければ市場の需要を独占できるため,価格を戦略とする場合には激しい競争が起こりやすい。しかし,供給量が戦略として使われた場合,あるいは各企業の製品に製品差別がある場合には競争の質も異なったものとなる。
同質的な製品の市場で価格が戦略として使われた場合,もし自分が相手より低い価格をつけても相手は報復しないだろうという近視眼的な予測を各企業がとれば,各企業は相手より低い価格をつけて需要を奪いとろうとし,価格戦争が起こる。その結果成立する競争的な状態(ベルトラン均衡またはエッジワース均衡)は,資源配分上も望ましいものであろう。逆に相手の行動のうち,自分にとって最悪な行動を基準に予想をたてるなら,価格を下げたときの相手の報復を避けることが第1となり,価格の(下方)硬直性が発生する(たとえば屈折需要曲線の理論はその例である)。同じ寡占企業でも,企業間にマーケット・シェアの大小や歴史・経験に大きな差がある場合には,企業間で予測に差があることもありうる。たとえば小さな企業は,自分が行動を変えても大企業は行動を変えないだろうと考え,大企業の行動を所与としたうえで自分の最適な行動を選ぶ追随者の立場を選ぶかもしれない。これに対して大企業は,みずからのそのような力を認識して,自分が行動を変えれば相手の小企業も戦略を変えるだろうことを見越して,みずからの戦略を選ぶ先導者の立場を選ぶかもしれない。このような例として,寡占産業における中心的な一企業が価格を決定し,他の企業はそれに同調した価格づけを行うプライス・リーダーシップをあげることができる。プライス・リーダーシップは,いわば,暗黙のうちに各企業が結託し,独占的な高価格をつけていると考えることもできる。なお,寡占の理論の中心は,供給量を戦略とした場合の理論であり,近視眼的な予想に基づくクールノー=ナッシュ均衡や,先導者と追随者の存在するスタッケルベルグ均衡がその代表例である。
寡占の第3の問題は,企業どうしが結託することによって独占利潤を分け合おうとするインセンティブ(誘因)が存在することである。表2はゲーム理論で囚人のジレンマと呼ばれるケースである。このとき両企業は,相手の企業の行動に確信をもつことができなければ低価格を選ぶだろう。相手企業が高価格をつけたとすれば,自分は低価格をつけるほうが大きな利潤を得ることができるし,もし相手が低価格をつければ自分も低価格をつけないと損失が発生するからである。しかし,その結果は両企業とも利潤が0になってしまう。もしこれに対して,結託して必ず高価格をつけるという約束(価格カルテル)ができれば,互いにより高い利潤を得ることができる。結託は必ずしも明示的なカルテルという形をとるとは限らず,プライス・リーダーシップのように暗黙の協調であるかもしれない。独占禁止法はこのような協調行為を禁止することによって,独占利潤の発生を防ぎ消費者を保護するとともに,効率的な資源配分を達成することを目的としている。
寡占が成立するのは,一つには〈規模の経済〉があるために,ある程度のマーケット・シェアがないと低い費用で生産ができないからである。したがって寡占は生産の効率性のために必然的に発生する産業構造であるともいえる。しかし,新しい企業の参入が広告等によるイメージ形成,既存企業の戦略的行動等によって阻止されているために,寡占が成立する場合も多い。このような参入障壁を除去して,競争状態を維持することも独占禁止法の目的の一つである。
→寡占規制 →管理価格 →独占
執筆者:奥野 正寛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
少数の大企業によって市場が支配されている状態であり、現代経済においては代表的な市場形態である。売り手側が少数の場合を売り手寡占、買い手側が少数の場合を、買い手寡占といい、両者とも少数の場合を双方寡占という。
寡占は、理論的あるいは経験的に、企業数、集中度、企業規模、製品差別化、参入障壁などの程度に応じていろいろな形に分類されるが、いま売り手の集中度の側面からみてみると、わが国においては次の三つの寡占のタイプがみられる。第一は極高位集中寡占であり、2社ないし3社の大企業のみにより市場が支配されている状態である。大型自動車、板ガラス、写真フィルムなどの製造業がこのタイプに属する。第二は高位集中寡占であり、この場合には4社から10社程度により市場が支配されている。ビール、ナイロンなどの製造業にみられる。最後はガリバー型寡占であり、少数の大企業(寡占核、ガリバー)の周りに多数の小企業からなる競争的周辺部competitive fringeが存在している状態である。飲用牛乳、小麦粉、合成洗剤、バターなどの製造業がこれに属する。
[内島敏之]
寡占状態における特徴の一つは、企業の数が少ないために、他企業の行動および政策を各企業が予測することがある程度可能なことである。また他企業の行動の変化に対してライバル企業は敏感に反応する。各寡占企業は、このような企業間の相互依存関係を十分に認識しながら価格・生産政策を決定する。また、企業どうしが協調して、価格協定を結び価格を高めに維持しようとしたり、カルテルを形成して、個々の企業が独自に利潤を追求するのではなく、共同利潤の最大化を図ろうとする。寡占においては協調・結託することによって、より大きな利潤を獲得する可能性が大きいのである。
寡占におけるいま一つの特徴は、企業の製品が差別化されていることが多いということである。ある程度の密接な代替関係をもつ、同一の市場に属する商品が、(1)宣伝広告、(2)デザイン、品質、包装などの異質化、(3)アフター・サービスや信用供与などの付帯サービス、などによって買い手の選好を強め、代替関係が不完全であるときに製品差別があるという。製品差別の程度が強くなると、製品間の代替関係は弱まり、製品ごとに独占に近い市場が形成されることになる。このような製品差別がみられる寡占市場を差別型寡占とよぶ。製品を大きく中間財、投資財および消費財の三つに区別すると、一般にはこの順序で製品差別の程度が強まり、寡占市場の独占化の程度も高まっている。
[内島敏之]
このような寡占は、アメリカにおいては1930年代のニューディール期にその傾向がみられるようになり、第二次世界大戦後確立した。わが国では、戦後、高度成長に伴って旧財閥系企業グループなどを中心に寡占化が進められた。
寡占のもたらす影響としては、次のようなものがあげられる。(1)不況期にもかかわらずなかなか価格が低下しない(価格の下方硬直性)、(2)原材料費や賃金の上昇が価格に転嫁されやすい(管理価格インフレ)、(3)競争圧力が小さいので新製品や新工程の開発のインセンティブ(誘因)が少ない(技術進歩の停滞)、(4)価格協定やカルテルの形成により独占利潤が生まれ、経済全体の厚生が低下する(資源配分の非効率性)。
[内島敏之]
『植草益著『産業組織論』(1982・筑摩書房)』
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…寡占市場においては,資源配分上のロスが生ずるのみならず,企業がとくにカルテルによらなくとも互いに競争を回避して,容易に同一行動を取るようになることが理論的に指摘されており,自由競争の政策上は無視しえない弊害が存する。その根本的解決をはかろうとするならば,寡占企業を分割する等の手段を用いて,市場構造を競争的なものに変革する以外にはない。…
…また両者とも単一の企業である場合を双方独占という。つぎに,多数の需要者に対して数個ないし十数個の企業が相互間に無視できない経済的影響を及ぼしあって競争しているケースが典型的な寡占であり,企業数が2の寡占をとくに複占という。寡占市場は,そこで取引される生産物が同質とみなされるかあるいは製品分化があるかにしたがって,競争の内容は大いに異なったものになる。…
…地理的範囲および商品の性質で限定される一定の市場での取引を,一企業が一手に握ることを独占という。ただし現実には一企業による市場の支配という文字どおりの独占は少なく,比較的少数の企業が市場を支配する寡占(その特殊形態が複占)が多い。多数の企業からなる競争的市場からの乖離(かいり)を指して,すなわち寡占も含め独占という語句が用いられることも多い。…
…このような現象は,製品分化ないし製品差別化とよばれている。 このように現実の市場は,同種の製品を生産する競争企業の数はそれほど多くなく(寡占),たとえ同一の価格水準でも特定の店で(あるいは特定の企業の製品を)買ったりする(製品分化がなされている)ことも多いだろう。しかも,ある製品を作ればもうかることがわかっていても必要資本量が巨額であるとか特許や事業免許などの法的・制度的要因によって容易に参入できない(参入障壁が高い)ことも多いだろう。…
※「寡占」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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