翻訳|utility
個人や家計は,みずからの欲望や好みにもとづいて,経済活動の最終的な成果である財やサービスを選択し消費する。この消費する主体にとっての,欲望充足の度合の主観的測度を効用と呼ぶ。いいかえれば,欲望・嗜好を充足させる財・サービスの消費者にとっての使用価値,ないしは有用性ということになる。効用は,消費対象に内在する固有の性質だけでなく,消費主体によるその対象物の評価によって大きさが決まるため,しばしば主観的価値とも呼ばれる。一定量の砂糖がどれほどの効用をもつかを一意的に表現することはできないし,ミルクからの効用をそのままそれに足し合わせることもできない。また,ある個人が受けたある財の効用を,別の個人のそれと比較することはできない。効用には(重さや長さのような)測定単位がないからである。このような効用の可測性の問題は,F.Y.エッジワースの無差別曲線の理論や,パレートの選択理論(パレート最適)の展開によって克服された。
効用が価値理論の発展にとって重要なきっかけを与えたのは,限界効用という概念である。それは,〈価値のパラドックス〉と呼ばれる問題に理論的解答を与えるものであった。アダム・スミスによる考察はよく知られているが,このパラドックスは次のようなものである。財の有用性ないしは効用は,必ずしも価格を反映しない。たとえば水は,きわめて有用であるが,豊富であるがゆえに安価である。他方,水と比較して有用性の少ないダイヤモンドが,希少であるという理由で高価なのはなぜか。このパラドックスは,限界効用,すなわちある財の限界的1単位の効用という考え方を用いることによって,次のように説明される。限界効用は,消費者が価格を支払って購入しようとする財の最終単位の主観的有用性のことであり,その大きさは彼の保有する財の全量に依存し,その保有量が増加するにつれて一般に逓減するという性質をもつ(限界効用逓減の法則)。水の全効用は確かに大きいが,水は一般に望むだけ保有しうるから,水の限界1単位の効用(すなわち水の限界効用)はきわめて小さい。したがって水は廉価である。他方,ダイヤモンドの全効用は水に比べて小さいとしても,一個人が保有しうる量は少ないためその限界効用は大きく,したがって高価であると説明できる。次に,限界効用逓減の法則が成立すると仮定すれば,限界効用と価格の比がすべての財について等しくなるように消費財の組合せを購入すれば,消費者の効用は最大となる。これは〈限界効用均等の法則〉と呼ばれ,発見者ゴッセンの名にちなんで〈ゴッセンの法則〉とも命名されている。これは,消費者が一定量の貨幣を種々の消費財購入にあてるとき,最も満足の大きい(効用を最大化する)支出方法を保証するための必要条件を与える。なぜなら,もし限界効用を価格で割ったものが,ある財と他財とで等しくなければ(すなわち1円あたりの限界効用が等しくなければ),その比の低いほうから高いほうへ支出を移転することによって総効用を増加させることができるからである。この推論にとって重要な仮定は,〈限界効用逓減の法則〉が成立しているということである。
このような効用理論は,その後大いなる精緻(せいち)化を受けると同時に,個人を超えて社会全体にも拡張して適用されるようになる。エッジワースやパレートの考えた無差別曲線(面)の概念は,等しい効用を与える財の集合を示す等効用曲面(地図の等高線のようなもの)であるが,ここで問題となるのは,ある等効用曲線が他のそれと比較して高いか低いかだけであり,その差がどれほどであるかは問題とはならない。すなわち,効用の基数的大小関係ではなく,序数性(順序関係)のみが問題となる。ここにおいて効用は測度の単位選択および測定の問題から解放されたのである。また,本来個人の主観的評価である効用概念を,社会全体に適用した(社会内部の全個人の効用の集合として)社会的効用あるいは社会的厚生関数という概念が厚生経済学などで使われている。
→限界革命 →限界効用理論
執筆者:猪木 武徳
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…また,かりに投入労働の計算が可能だとしても,もし価値の源泉をなんらか他の要因に求めることが可能ならば,必ずしも労働のみが価値をもつとするわけにはいかない。実際,次にみる効用価値説は労働価値説に論理的に代替しうる,しかも形式的により精緻(せいち)なかたちで代替しうる仮説なのである。結局,労働価値説を擁護しぬくためには,事実命題というよりも価値命題として,たとえば“労働の尊厳”というような観念を前提するような非科学的な態度が必要になると考えられる。…
…これが経済人の最も単純な定義である。 所与の欲望体系のもとで満足もしくは効用を最大にするよう行為するという意味において,経済人は合理的であると考えられる。このような合理性が最も簡単に発揮されるのは,効用が量的に測定されうる場合である。…
…この結果について,各プレーヤーは何らかの評価をもち,各プレーヤーにとっての評価値が定まる。この評価値をプレーヤーのもつ効用とか,受けとる利得と呼ぶ。ゲームには偶然の要素がしばしば加わり,相手の行動の予測が困難な場合が多いから,リスクや不確実性のもとでの意思決定の問題に直面する。…
…将来に消費することよりも現在に消費することを好む程度を,時間選好率rate of time psekaidaihyakka_referenceあるいは単に時間選好と呼ぶ。通常の経済理論は,現在から将来にわたる消費活動によって得られる個人の効用(満足感のこと)を基礎にして組み立てられている。その効用の構造を特定化する要因の一つが時間選好である。…
※「効用」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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