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コラ・ディ・リエンツォ Cola di Rienzo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コラ・ディ・リエンツォ
Cola di Rienzo

[生]1313. ローマ
[没]1354.10.8. ローマ
中世イタリアのローマの改革者。ローマ平民の出で公証人を職業としたが,古典の研究を通じてローマの市政改革の必要を深く確信した。 1343年ローマ市民からアビニョンの教皇クレメンス6世のもとに派遣され,貴族の専横と都市の堕落を訴え,帰国後貴族支配に対する民衆の反抗を準備した。 47年5月カンピドリオの丘に民会を招集して古代ローマを理想とする市の再建を呼びかけ,みずから護民官の称号を得た。独裁的権限をもって市政改革に乗出し,さらには皇帝選挙の計画まで打出したため,教皇の疑惑を招くとともにコロンナ家など貴族の反抗も強まり,47年 12月に失脚。2年間アブルッツォで修道生活をしたあと,神聖ローマ皇帝カルル4世を説得しにプラハにおもむいたところを,プラハ大司教に異端容疑で捕えられアビニョンに送られた。しかし教皇インノケンチウス6世はローマで教皇権を再興する任務を課して釈放し,ローマに送り戻した。 54年8月歓迎をもって帰国を迎えられたものの,もはや民衆の信を取戻すことはできず,2ヵ月後の反乱で逮捕,処刑された。

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百科事典マイペディアの解説

コラ・ディ・リエンツォ

リエンツィRienziとも。ローマの政治家,革命家。古典研究から古代ローマの共和政にあこがれ,その再興を図って貴族の圧制に反抗して帝政改革の指導者となる。1347年共和政を断行,護民官の称を得て市政を握り急進的改革を推進。

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