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コリャード コリャード Collado, Diego de

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コリャード
コリャード
Collado, Diego de

[生]? メアサダス
[没]1638. インド洋上
スペイン宣教師ドミニコ会に属する。元和5 (1619) 年日本に来て伝道。代理管区長となる。 1621年長崎の 26殉教者列福調査判事に任命され,23年ローマに着いて殉教調査書をローマ聖庁に提出,24年イエズス会を非難した「ソテロ陳状」を発表した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

コリャード(Diego Collado)

[?~1638]スペインの宣教師。1619年(元和5)来日。長崎付近で布教、ドミニコ会初代管区長となった。1622年ローマに帰り「日本文典」「日本語辞典」を出版。のち、マニラに戻り日本再入国を期したが、難船して没した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

コリャード Collado, Diego

?-1641 スペインの宣教師。
ドミニコ会から派遣され,元和(げんな)5年(1619)禁教下の日本に来航し,長崎などで布教。数年後に離日し,ローマで日本におけるイエズス会の布教活動を非難する。のち「日本文典」「羅西日辞書」「懺悔(ざんげ)録」を編集した。1641年8月インド洋上で遭難死。メアハダス出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

コリャード

没年:1641(1641)
生年:1589頃
江戸初期に来日したスペイン系ドミニコ会宣教師。迫害下での布教活動もさることながら,ローマ布教聖省刊の日本語3部作『日本文典』『懺悔録』『羅西日辞書』の作者として,日本語学史の方面で著名である。ただ,文典,辞書ともにイエズス会のものには学問的価値において劣る。スペインのカセレス県ミアハダス生まれ。1605年サラマンカのサン・エステバン修道院で誓願を立て,1611年にアロンソ・デ・ナバレテ率いる宣教師団の一員としてマニラに渡り,ミンダナオ島で布教に従事。禁教下の元和5(1619)年長崎に上陸する。長崎,有馬,大村で布教にあたるかたわら,I.オルファネルの『日本キリシタン教会史』の完成に協力,後年,この『補遺』を執筆した。一方,日本布教権をめぐりポルトガル系のイエズス会と,のちに来たスペイン系のアウグスチノ会,フランシスコ会,ドミニコ会との間にあつれきが生じ,その抗争はローマにまで持ち込まれた。コリャードは,同8年に日本を離れ,ローマに帰りイエズス会の布教方針などを非難する文書を作製,それが布教聖省に認められ,上記3書が公式に刊行物として印刷された。その後,どの管区にも属さない宣教師団を率いて,1635年マニラに到着。活動を開始したが,やがて排斥され,スペイン国王により帰国を余儀なくされ,その途についたが,マニラ出帆数時間後に難船のため生涯を閉じた。<著作>大塚高信訳『コリャード日本文典』,大塚光信翻字『コリャード懺悔録』,同編『コリャード羅西日辞典』,井手勝美訳『コリャド日本キリシタン史補遺』

(大塚光信)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

コリャード【Diego de Collado】

1589ころ‐1641
スペイン人のドミニコ会士。メアハダスの出身。1604年ドミニコ会に入会。11年マニラに到着後,カガヤン地方で布教した。19年(元和5)7月来日し,禁令下の長崎・有馬地方に潜伏し,各地のキリシタンを励まし,獄中のキリシタンを訪問したり,オランダ平戸商館に監禁中の同僚ルイスフロレスの救出活動に参加した。22年9月,教皇庁の特派使節として,二十六聖人の殉教に関する教会法上の調査を行い,元和大殉教を目撃し,11月日本を去り,マニラ経由でローマへ行った。

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大辞林 第三版の解説

コリャード【Diego Collado】

1589頃~1641) スペイン生まれのドミニコ会宣教師。1619年(元和5)来日。長崎付近で布教。二十六殉教者の列福調査を行う。23年ローマに赴き、在日イエズス会を批判。「日本文典」「羅西日辞書」「懺悔録」を刊行。マニラに至り、日本再入国を期したが果たせず、帰路インド洋上で遭難死。

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