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コレッティス Kolettis, Ioannis

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コレッティス
Kolettis, Ioannis

[生]1774. シラコス
[没]1847
ギリシアの政治家。イタリアで医学を学び,アリー・パシャの息子の主治医となる。1819年にフィリキ・エテリアに入会。1822年の初の国民会議で全権委員を務め,独立戦争時には政治,軍事面で指導的役割を果たす。オソンの摂政政治期には陸海軍大臣,在フランス大使(1840~43)となる。1843年9月のクーデター後帰国し,憲法制定に力を尽くす。しかし首相(1844~47)となると事実上憲法を廃止して権力を掌握し,対外的には「メガリ・イデア」(コンスタンチノープルを中心とする祖先の領土回復を目指す思想)を基軸とする政策を展開し,その反オスマン的姿勢は国民の人気をかちとったが,国内における独裁的態度は,選挙操作,支持者びいき,収賄を横行させ,政治腐敗の一因となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

コレッティス【Ioánnis Koléttis】

1774‐1847
ギリシアの軍人,政治家。イタリアのピサで医学を修め,はじめイオアニナのアリー・パシャ宮廷で侍医を務めた。ギリシア独立革命勃発(1821)とともにエピロス地方の代表としてエピダウロスの国民会議に参加,1822年,臨時政府の内務大臣に任命される。24年,ルメリ(ルーメリア)に割拠する義勇軍の首領を統率して同政府の軍事力を確立。ギリシア王国成立(1830)後は海軍・陸軍大臣,パリ大使を歴任。1844年憲法が制定されると帰国して親仏派の党主となり,初代首相(1844‐47)となって,大ギリシア主義を標榜した。

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