改訂新版 世界大百科事典 「サソリ」の意味・わかりやすい解説
サソリ (蠍)
scorpion
蛛形(ちゆけい)綱サソリ目Scorpiones(=Scorpionida)の節足動物の総称。蝎は誤用でこれはキクイムシのことを指す。
種類と分布
全世界に約600種おり,南北アメリカ,アフリカ,アジア(熱帯~亜熱帯,朝鮮半島,中国),オーストラリア(ニュージーランドにはいない),ヨーロッパ(ギリシア,スペイン,イタリア,バルカン地方)に分布する。日本に定着しているのはわずか2種類だけで,ヤエヤマサソリが宮古・八重山列島に,マダラサソリが宮古・八重山列島,沖縄島,小笠原諸島に生息する。その他の種がときどき船荷にまぎれこんで日本の港に上陸することがあるが,定着できずに死亡する。
形態
堅い背甲に覆われた頭胸部,7節からなる腹部,6節からなる尾部があり,最後の節に毒針がある。触肢はカニのはさみのように強大である。脚は4対あって,すべて前方に曲がり,先端に2本のつめがある。眼は背甲の中央に1対,側縁に2~5対ある。呼吸器として4対の書肺と4対の気門,排出器として2対のマルピーギ管と1対の基節腺がある。全長3cmに満たない小型のものから,アフリカのダイオウサソリのように17.5cmに達するものまである。
地球上への出現
今から2億~5億年前の古生代には,広翼類(オオサソリ類)という体長が1~3mもあるサソリに似た動物が海中に生息していた。これは二畳紀に絶滅してしまったが,現在のサソリはこの類と共通の祖先をもつものらしく,シルル紀(3億~4億年前)のころに小型化して陸上生活に移った。したがって,蛛形綱(クモ,ダニ,サソリ,カニムシなどの仲間)の中ではもっとも起源の古い動物とされる。
生態
サソリの婚姻ダンスは有名で,雌雄が向かい合って鋏角(きようかく)と鋏角,触肢と触肢,高々と上げた尾と尾を互いにからませ,1~24時間も踊る。やがて雄は精包(精子の入った袋)を地上に置き,後退して雌をその上に導き,雌は生殖口を開いて精包を体内に取りこむ。受精卵は母体内で活発な幼虫にまで発育してから生まれてくる。暖かい気候を好み,夜行性で,クモ,ハエ,ゴキブリ,バッタ,コオロギ,チョウ,アリ,甲虫,ムカデなどを捕食し,まれには小さなハツカネズミを食べることもある。サソリの敵はヘビ,トカゲ,鳥,ヒヒ,ヒヨケムシ,大型のクモやムカデなどで,熱帯林の中ではアリの大群に殺されることも多い。
害と毒
一般に猛毒の動物として人からおそれられ,〈蛇蠍(ダカツと読まれるが,ダケツが正しい)のごとく嫌う〉などの表現があるが,刺されて命を落とすような毒の強いサソリは世界に数種しかいない。最強の毒をもつのはアフリカの砂漠にすむButhus ustralisで,メキシコのCentruroides exilicaudaや南ヨーロッパ,北西アフリカのB.occitanusの毒も致命的になることがある。サソリはよく人家に侵入し,戸棚,台所,便所の隙間,靴,衣類,かばんの中に潜り込むことも多いので,猛毒サソリの生息地では注意が必要である。サソリの毒はブトトキシン,セロトニンなどの神経毒であり,メキシコやブラジルではサソリ毒をウマに注射して抗蠍毒血清をつくっている。日本のサソリ(ヤエヤマサソリとマダラサソリ)は乾いた切株や倒木の樹皮下,積まれた材木の間,廃屋の板の隙間などでよく見つかるが,小型であり毒も弱いので,それほどおそれる必要はないが,素手でつかむのはやめたほうがよい。
執筆者:青木 淳一
シンボル
〈恐怖によって神格化され,天にあっては一群の星座により,また暦では10月のシンボルとされてサソリはその栄光をたたえられている〉とファーブルは《昆虫記》の中に記している。日本ではなじみがうすいが,サソリはヨーロッパやアフリカ,中国,東南アジアではよく知られた生物である。ギリシア神話では,狩人オリオンはアルテミスあるいはガイアの送ったサソリに刺されて死ぬ。オリオン座がつねにサソリ座から逃れつつあるのはこのゆえであるという。フランスでは油の中にサソリを何匹もつけて殺し,さそりに刺されたときにその油で傷口を洗うとなおると信じられていた。サソリは窮地に陥り,逃れられぬとさとるとみずからの身体を刺して自殺するという伝説もある。西洋占星術でさそり座(天蝎宮)は人間の生殖器,子宮,腎臓に対応するとされる。そしてさそり座生れの人は秘密を好み陰気な性格であるということになっている。
執筆者:奥本 大三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報