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サナーイー サナーイー Sanā'ī

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サナーイー
サナーイー
Sanā'ī

[生]1070頃.ガズニー
[没]1141頃
ペルシア神秘主義詩人。本名 Abū al-Majd Majdūd ibn Adam。叙事詩形で神秘主義思想を表現した最初の詩人。若い頃,ガズニー朝スルタンに宮廷詩人として仕え,頌詩をつくった。

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世界大百科事典 第2版の解説

サナーイー【Sanā’ī】

?‐1150?
イランの詩人。アッタール,ルーミーとともにペルシア語で著述した三大スーフィー詩人の一人に数えられる。ガズナ朝の宮廷詩人としてなりわいを立てていたが,悔悟するところあってメルブに隠棲し,アブーヤークーブユースフについて宗教的生活に入った。それから彼の本領が発揮されるが,膨大な《詩集》のほかに,特に《真理の園》で知られる。深遠,冷徹な詩風はルーミーに強い影響を与え,後者の熟しきった詩風と対比される。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サナーイー
さなーいー
Ab al-Majd Majdd San'
(1080ころ―1141)

ペルシアの詩人。アフガニスタンのガズニーに生まれる。初め宮廷詩人としてガズナ朝末期のスルタンに仕えるが、郷里を去ってバルフに向かい、メッカ巡礼に出てから、しだいに神秘主義の道を歩む。ホラサーン地方を長年月にわたって放浪し、1124年ごろ郷里に帰る。晩年は隠遁(いんとん)生活のうちに作詩に専念し、郷里で没する。ペルシア三大神秘主義詩人の一人に数えられる。多作で、作品には約1万3000句の『サナーイー詩集』のほか、代表作として約1万2000句の神秘主義長編叙事詩『真理の園』(1131)がある。神秘主義叙事詩の開拓者としても知られる。
 叙事詩『サナーイー七部作』のなかでも『下僕(しもべ)の旅路』はとくに著名。魂の天上および下界の旅を主題とする作品で、「ダンテの先駆者」と評される。ほかの作品は『理性の書』『愛の書』『筆の祈り』『探求の道』『バルフの業行』『サナーイー・アーバード』である。また叙情詩の分野で神秘主義思想を表現した先駆者として知られる。叙事詩、叙情詩両分野で後世ペルシア詩人に大きな影響を与えている。[黒柳恒男]

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世界大百科事典内のサナーイーの言及

【ペルシア文学】より

…中世イスラム世界の精神界で支配的影響をもつようになった神秘主義は,現世への欲望を断ち,自我を消滅して〈神人合一の境地〉への到達を究極の目的としたが,この境地や神への愛が最も情熱的・官能的に表現されたのはペルシア詩においてであった。サナーイーアッタールらの優れた神秘主義詩人がこの分野における基礎を築いた。 13世紀前半からモンゴル族のイラン侵入が始まり,ペルシア文化は致命的な打撃を受けたが,文化的伝統は保持された。…

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