改訂新版 世界大百科事典 「サヌーシー派」の意味・わかりやすい解説
サヌーシー派 (サヌーシーは)
リビアを中心に北アフリカに拡大したイスラム神秘主義教団。アルジェリアのムスタガーニム近在の出身で,フェス,チュニス,カイロなど北アフリカ各地を遊学した後,メッカでアフマド・ブン・イドリースAḥmad b.Idrīs(?-1837)の感化を受けたムハンマド・ブン・アリー・アッサヌーシーMuḥammad b.`Alī al-Sanūsī(1791-1859)により,1837年メッカで創設された。40年代以降,本拠をリビアに移し,ジャグブーブやクフラ・オアシスを中心にサハラ一帯のオアシスにザーウィヤ(修道場)群を設立,周囲のフランス,ムハンマド・アリー朝,オスマン帝国,イギリスの諸勢力と対峙し,1911年以降はイタリアのリビア支配に対して持続的抵抗を組織した。成立当初は法学上マーリク派に属したが,1843年これと決裂,アフマド・ブン・イドリースの創設したイドリース教団の立場を継受しつつイジュティハードの権利を主張し,他方,伝統的諸教団のジクルを集大成して自ら神秘主義の精髄を代表するとした。ジハード(聖戦)運動を通じてリビア人の民族的自覚を促し,第1次世界大戦期以降の教団指導者ムハンマド・イドリース・アッサヌーシーは,1951年リビア王国独立に伴い国王となったが,王政は69年革命で打倒され,以後,教団の影響力は失われた。
執筆者:板垣 雄三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報