日本大百科全書(ニッポニカ)「シナプス」の解説
シナプス
しなぷす
synapse
医学・生物学用語で、ニューロン間の接合部をいう。広義のシナプスには、ニューロンと筋繊維(医学では線維を使う)または分泌細胞との接合部位も含める。
[山口恒夫]
シナプス伝達
生体内で、情報が神経系の間を伝えられ、各種の感覚や反応がおこされるためには、いくつかのニューロンに次々と興奮が伝えられることが必要である。その際、シナプス部における興奮の伝達はシナプス伝達とよばれ、神経繊維における活動電位の伝達とは違った方法による。
[山口恒夫]
シナプスの形成部位と種類
中枢神経系の大部分のシナプスはシナプス前(ぜん)ニューロンの軸索とシナプス後(こう)ニューロンの樹状突起間に形成されるが、シナプス前ニューロンの軸索とシナプス後ニューロンの細胞体または軸索間などに形成される場合がある。
シナプスはその形成部位にかかわらず、シナプス伝達の機構によって化学シナプスと電気シナプスに区別される。また、シナプスはその機能によってシナプス後ニューロンに興奮を生ずる興奮性シナプスと、抑制を生ずる抑制性シナプスに区別される。したがって、シナプス伝達の機構と機能により、四つに大別されることになる。
[山口恒夫]
化学シナプスの構造と伝達過程
多くのシナプスは化学シナプスで、その構造には次のような特徴がみられる。
(1)シナプス前ニューロンの膜とシナプス後ニューロンの膜との間に10~30ナノメートルのシナプス間隙(かんげき)があり、それぞれの膜の細胞質側には肥厚がみられる。
(2)シナプス前ニューロンの終末部位には伝達物質を含む多数のシナプス小胞(通常、直径は40~50ナノメートル)があり、膜の肥厚部の近傍にはこれらの小胞がとくに密集している。一方、シナプス後膜にはそれに対する受容体や分解酵素が存在する。
このような化学シナプスでは、シナプス前ニューロンのインパルスが軸索の終末部に到達すると、次のような段階を経て一方向性のシナプス伝達が行われ、結果としてシナプス後ニューロンにインパルスを発生させる。
(1)シナプス前終末部の脱分極によって伝達物質が放出される。
(2)放出された伝達物質はシナプス間隙を拡散してシナプス後膜に達する。
(3)伝達物質はシナプス後膜上の受容体に結合すると、イオン透過性が増加して興奮性シナプスでは興奮性シナプス後電位(EPSP)とよばれる脱分極方向への電位変化が、抑制性シナプスでは抑制性シナプス後電位(IPSP)とよばれる過分極方向への電位変化が現れる。
(4)興奮性シナプスでは、シナプス後電位がシナプス後ニューロンの閾値(いきち)を超える大きさに達すると、インパルスが発生する。一方、IPSPにはEPSPを抑える働きがあり、これら二つの後電位の活動の結果として興奮性が決定される。
(5)シナプス後膜の受容体に結合した伝達物質は、分解酵素によって分解されると、シナプス後膜のイオン透過性は元の状態に戻り、伝達作用が終了する。このように、化学シナプスにおける伝達では、複雑な過程を経るので時間がかかり、シナプス遅延とよばれる1ミリ秒たらずの遅れが生じる。
[山口恒夫]
化学シナプスにおける伝達の特性
抑制性シナプスの働きによって、シナプス後ニューロンが直接抑制されることをシナプス後抑制とよぶ。これに対して、興奮性シナプス前ニューロンの終末部位に他のシナプス前ニューロンがシナプスし、その興奮によって興奮性シナプスからの伝達物質の放出が低下し、これが原因となってシナプス後ニューロンが抑制されることをシナプス前抑制という。また、インパルスが同一のシナプス前ニューロンから相次いで到達する場合や、異なる複数のシナプス前ニューロンからほとんど同時にインパルスが到達する場合には、EPSPやIPSPが互いに加算しあって振幅が増大する。これを加重という。さらに、シナプス前ニューロンからのインパルスが到達するごとに、EPSPやIPSPの振幅が漸増する現象がみられることがある。この現象は繰り返し刺激に伴って伝達物質の放出量がしだいに増加するためで、促通とよばれる。なお、加重や促通などの現象は、中枢神経系の統合機構において重要な役割を果たしている。
[山口恒夫]
伝達物質
化学シナプスの興奮性伝達物質としてはアセチルコリン、ノルエピネフリンが、抑制性伝達物質としてはγ(ガンマ)‐アミノ酪酸(GABA)がそれぞれ代表的なものとして知られている。ヒトでは脳内の伝達物質の濃度に異常があると、パーキンソン病や統合失調症(精神分裂病)の症状が現れる。また、ボツリヌス菌や破傷風菌を誤って体内に取り込んだり、毒ヘビにかまれた場合には、それらに含まれる毒素がシナプスの伝達物質の放出やシナプス後膜に作用して、シナプス伝達が抑えられ、死に至ることがある。
[山口恒夫]
電気シナプスの構造と伝達過程
電気シナプスの構造上の特徴は、シナプス前ニューロンとシナプス後ニューロンとの間に間隙結合があって、シナプス前ニューロンの終末部位にはシナプス小胞がなく、したがって伝達物質も存在しないことである。間隙結合のすきまは2~4ナノメートルで、このすきまを通る電流の漏洩(ろうえい)が少ないうえに、シナプス膜の電気抵抗は他の部に比べて著しく低いので、シナプス前ニューロンのインパルスはシナプス後ニューロンを直接脱分極して、そこに興奮を引き起こす。一般的に電気シナプスにおける伝達は両方向性であるが、ザリガニ外側巨大ニューロンの巨大運動シナプスのように、伝達が一方向性のものもある。これに対して、シナプスにおける抑制はほとんど化学的伝達によるため、抑制性の電気シナプスはシナプス全体では例外的なものといえる。これまでによく調べられたキンギョのマウスナー細胞軸索起始部の抑制性の電気シナプスでは、細胞外から軸索起始部に陽極電気緊張を与えるような起電力が生じ、その結果、軸索起始部の膜電位が過分極して興奮が抑えられている。
[山口恒夫]
『伊藤正男著『ニューロンの生理学』(1972・岩波書店)』▽『クフラー、ニュラス著、金子章道・小幡邦彦訳『ニューロンから脳へ』(1980・広川書店)』