コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

シャイレーンドラ朝 シャイレーンドラちょう Sailendra

3件 の用語解説(シャイレーンドラ朝の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シャイレーンドラ朝
シャイレーンドラちょう
Sailendra

8~9世紀頃ジャワ中部に君臨した王朝。サンスクリットで「山の王」の意。サンジャヤ朝と併存し,ジャワ最大の仏教遺跡ボロブドゥールなど,建築や彫刻にすぐれた遺産がある。全盛時代にはインドシナ半島にも勢力を及ぼし,また9世紀なかばにはスマトラ南部のシュリービジャヤ王家と姻戚関係を結び,一時は両国を支配したが,のちに統治の中心はスマトラに移り,ジャワの覇権はマタラム王国に奪われた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

シャイレーンドラちょう【シャイレーンドラ朝】

八世紀半ばから約一世紀にわたってインドネシアの中部ジャワに君臨した王国。大乗仏教のボロブドゥール仏教遺跡を遺す。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シャイレーンドラ朝
しゃいれーんどらちょう
ailendra

インドネシアの中部ジャワ州に存在したとみなされている王朝。サンスクリット語で「山の王」(漢訳仏典では「大山」)を意味する。この王朝の起源は扶南(ふなん)、インド、インドネシアなど諸説がある。中部ジャワ州北岸の旧港プカロンガンの南東で出土した古マレー語石柱刻文(7世紀初めまたは800年ごろと推定)には、セレーンドラSelendra(古マレー語形)とその両親、妻の名が列挙してあり、彼をこの王朝の創始者とする説もある。またカラサン石柱刻文(778年または779年)のシャイレーンドラがこの王朝に属した大王で、ボロブドゥールやムンドゥなど仏教建造物を造営したとする通説があるが、最近これを批判する説もあり、この王朝史の研究は、今後、学界の重要な課題である。[仲田浩三]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シャイレーンドラ朝の関連キーワードスマランマタラムマディウンロマノフ朝イモギリ陵墓ジョグジャカルタ王宮太陽の沈まぬ国ガジャ・マダシャイレンドラプリヤイ

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone