シャルトル(英語表記)Chartres

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シャルトル
Chartres

フランス北部,パリ盆地南西部,ウールエロアール県県都ウール川にのぞむ。ボース平野穀倉地帯の商業中心地で,農機具・肥料製造,電子機器,化学,製薬などの工業もある。芸術と歴史の町でもある。ケルト人の集落に始り,858年ノルマン人の侵略を受けて衰退。 10世紀に伯領の首都となり,13世紀末にシャルル・ド・バロアのアパナージュ (国王親族封) となった。 1594年にはブルボン王朝始祖アンリ4世の戴冠式がここで行われた。 13世紀のシャルトル大聖堂 (ノートルダム大聖堂) は,フランス・ゴシック最盛期の代表的建築物で,広い本堂,シャルトル・ブルーとよばれる美しいステンドグラス,彫刻された大扉などで知られる。ほかに聖ピエール聖堂 (おもに 13世紀) ,旧司教館 (17~18世紀,現博物館) などがある。人口4万 1850 (1990) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

シャルトル【Chartres】

フランス北部,パリ盆地西部,ウール・エ・ロアール県の県都。人口4万2000(1990)。セーヌ川の支流ウールEure川の左岸を中心に市街が広がる。 ローマ時代にはケルト人カルヌテス族Carnutesの中心集落がここにあった。シャルトルという名称はこの部族名に由来。当時から交通の要地で,パリとブルターニュ地方を結ぶ街道オルレアンからルーアンにいたる街道の交点に位置した。近代においても主要国道,幹線鉄道など交通路線網の中心地として,流通・商業機能が発達し,また〈フランスの穀倉〉ボース平野の中央にあることから,穀物・家畜など農産物の集散地機能が早くから発達した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シャルトル
しゃるとる
Chartres

フランス中北部、ウール・エ・ロアール県の県都。人口4万0361(1999)。パリの南西96キロメートル、セーヌ川支流のウール川に面した台地に位置する。ボース地方の中心地で、家畜、穀物の市場がある。電子、機械、香水、製薬の各工業を中心として工業化が進む。中世にはブロア家、シャンパーニュ家に所属して伯爵領となり、フランソア1世時代に公爵領となった(1528)。1146年、聖ベルナールにより第二次十字軍がこの地で唱導された。百年戦争(1337~1453)中の1417年以後15年間はイギリスの占領下にあった。宗教戦争の際は新教徒の攻撃に抵抗。1594年、アンリ4世はこの地で即位した。第二次世界大戦中は大きな被害を受けた。フランス有数のゴシック様式として知られるシャルトル大聖堂には司教座が置かれ、古くからの巡礼地となっている。[高橋伸夫]

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世界大百科事典内のシャルトルの言及

【温泉】より

… 第4に,西ヨーロッパの温泉は一般に娯楽的な保養地としての性格がつよいが,聖なる泉を飲み,浴びることによって生命のよみがえりを願うという聖水―聖泉信仰は西ヨーロッパにもみられる。たとえばフランスのシャルトルは中世期にはヨーロッパ最大の巡礼地であり,その地の大聖堂の真下には病者の心身をいやす泉があふれていた。またスペインとの国境沿いにあるルルドは1世紀ほど前にマリアの降臨という奇跡によって聖地になったところだが,そこにわき出る聖水はルルドの泉として知られ,巡礼者によって飲料・沐浴用に利用されている。…

※「シャルトル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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