ジェズアルド(英語表記)Gesualdo, Don Carlo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジェズアルド
Gesualdo, Don Carlo

[生]1557頃.ナポリ
[没]1613.9.8. ナポリ
イタリアの作曲家。ベノザ公爵の家系に生れ,1586年ベノザ公の地位を継ぐ。早くからナポリ宮廷音楽家たちに学び,美声とリュートの技法に定評があった。 94~96年フェララへ旅し,マドリガル作曲家ルツァスキ,詩人グァリーニらと親交を深め,その間,4巻のマドリガル集を,さらに 1611年第5,6巻のマドリガル集を出版。第5,6巻にみられる大胆な半音階的和声とほとばしるような劇的表現は,当時としては驚くべき作風である。その他宗教曲,器楽曲などがある。

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百科事典マイペディアの解説

ジェズアルド

イタリアの作曲家。大胆な半音階的和声や転調を用いた特異な作風で知られ,ストラビンスキーによる再評価以来,1960年代に入って評価を高めた。ナポリのベノーサ公爵家の家系に生まれ,20代でその地位を継ぐ。1590年,妻の不貞を疑い,愛人ともども殺害。のちフェラーラでエステ公の姪(めい)と再婚するがほどなく妻子と離れ,領地で悔悟の隠遁(いんとん)生活を送った。愛と死を歌う5声部のマドリガル集6巻(1594年−1611年)で知られ,ことに第4巻以降が重要。歌詞は親交のあったタッソやG.B.グアリーニ〔1538-1612〕の作が主だが,作詞者不詳のものが大半を占める。宗教曲に《聖週間の聖務日課のためのレスポンソリウム》(1611年)などがある。→マドリガル

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世界大百科事典 第2版の解説

ジェズアルド【Carlo Gesualdo】

1560ころ‐1613
ルネサンス末期のイタリアの作曲家。ナポリ王国の貴族ベノーサ公。1586年不貞の妻とその愛人を殺害。94年にフェラーラ公家のエレオノーラと再婚したが,まもなく妻子と離れ,領地の小村ジェズアルドで悔悟の一生を送った。6巻からなる5声部のマドリガル集(1594‐1611)が重要で,代表作に《ああ,私は死ぬ》(1611)があり,他に宗教合唱作品もある。〈愛〉〈死〉〈苦しみ〉などの歌詞に大胆な半音階的な音楽をつけたが,定型化した曲の構成の中に紋切型で現れるため,音楽上のマニエリスムともいわれる。

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世界大百科事典内のジェズアルドの言及

【イタリア音楽】より

…イタリア各地の宮廷では,音の粋を尽くしたマドリガーレ(14世紀のものとは性質が異なる)や,軽快なビラネラ,バレットなどが楽しまれた。L.マレンツィオ,C.ジェズアルドやモンテベルディらは,マドリガーレの代表的な作曲家である。
[バロック]
 1580年代のフィレンツェで,一群の貴族と文学者と音楽家がカメラータ(同志の意)と自称したアカデミアに結集し,古代ギリシアの音楽のあり方を探りつつ,ギリシア悲劇を復興しようとする運動を起こした。…

【音楽】より

…世俗音楽の分野ではフランスでパリを中心にシャンソンが栄え,イタリアではマドリガーレ(マドリガル)が人気の中心になる。16世紀末のL.マレンツィオやC.ジェズアルドのマドリガーレは特に大胆な半音階和声を駆使して強烈な感情表現を行い,世紀末的頽廃の香りさえただよわせ始める。16世紀後半のイタリアではまた,ローマのG.P.パレストリーナが教皇庁礼拝堂を中心に清澄な響きのうちでカトリック教会音楽の理想像を実現する一方,ベネチアのサン・マルコ大聖堂では,アンドレアとジョバンニの両ガブリエリを中心に二重合唱の技法や声と楽器の協奏様式が発達して,来たるべきバロック時代を準備する。…

※「ジェズアルド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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