コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ジェノバ会議 ジェノバかいぎ Conference of Genoa

3件 の用語解説(ジェノバ会議の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジェノバ会議
ジェノバかいぎ
Conference of Genoa

1922年4月 10日~5月 19日,第1次世界大戦後の中東部ヨーロッパの経済再建問題を協議し,ソ連とヨーロッパ資本主義諸国との関係改善の道を探求するためイタリアジェノバ開かれた国際経済会議。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ジェノバ会議【ジェノバかいぎ】

1922年,カンヌ会議の決定に基づき,イタリアのジェノバGenovaで開かれたヨーロッパ経済復興会議。第1次大戦後独・ソが参加を認められた最初の国際会議だったが,実質的な成果はなかった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジェノバ会議
じぇのばかいぎ

カンヌ会議(1922.1)の決定に従って、1922年4月10日~5月19日にイタリアのジェノバGenovaで34か国が参加して開かれた国際会議。当時のソ連が初めて国際会議に招かれ、第一次世界大戦後の経済復興問題が討議された。イギリス首相ロイド・ジョージは、ソ連援助のための国際借款団の結成を含む広範なヨーロッパ経済財政復興計画をもっていたが、強硬政策をとるフランス首相ポアンカレは、ドイツに対する賠償問題を討議から除外させ、ソ連援助に全面的な経済財政管理を要求するなどしてこれに対抗した。会議進行中にドイツとソ連が独自にラパロ条約を締結したため、会議は混乱し、成果なく終わった。[栗原 優]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ジェノバ会議の関連キーワード先負安政五ヵ国条約ドゥーマサザエさん国民の祝日鉄道の日京都府開庁記念日パンの記念日ネット調査の方法残留孤児・婦人訴訟判決

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone