コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ジハード ジハード jīhād

翻訳|jīhād

7件 の用語解説(ジハードの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジハード
ジハード
jīhād

「聖戦」と訳されるが,イスラム伝播のためイスラム教徒に課せられた宗教的義務。ジハード必ずしも武力によるものではなく,心による,論説による,支配による,さらに剣による4種のジハードに分れる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

知恵蔵2015の解説

ジハード

イスラム世界の拡大や防衛のための戦いを意味し、聖戦と訳されることが多い。本来は、「努力」を意味する。現代のイスラム世界では、1981年10月にエジプトサダト大統領を暗殺したグループなど、ジハードと名乗る地下グループが各地に生まれている。様々な異なった流動的結社が殉教精神をもって決起する際に、この名称を好むようだ。

(高橋和夫 放送大学助教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ジハード(〈アラビア〉jihād)

古典イスラム法で、ウンマイスラム共同体)の防衛や拡大のための戦いをいう。元来の意味は、一定の目的に対する努力。聖戦と訳される。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ジハード

ジハードは本来〈努力〉〈奮闘〉の意味で,日本では〈聖戦〉と訳されることが多いが,厳密には正しくない。ジハードは,イスラームの聖典《コーランクルアーン)》が神の道において奮闘せよと命じていることが根拠とされる。
→関連項目ISアル・カーイダイスラム過激派イスラム武装勢力東トルキスタンイスラム運動フルベマフディー派ムジャーヒディーン運動

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ジハード【jihād】

イスラム世界(ダール・アルイスラームdār al‐Islām)の拡大または防衛のための戦いをいい,一般に〈聖戦〉と訳す。アラビア語の元来の意味は,〈定まった目的のための努力〉である。イスラム法の理念では,世界はイスラムの主権の確立されたダール・アルイスラームでなければならない。まだその主権が確立されていない世界は,ダール・アルハルブdār al‐ḥarb(戦争世界)と定義され,そこではイスラムの主権が確立されるまでジハードが必要となる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ジハード【jihād】

イスラム教徒が信仰を迫害されたり、布教を妨害された場合に、武力に訴える行為。聖戦。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ジハード
じはーど
jihd

一般にはイスラムを広めるため、または防衛のための戦い、すなわち「聖戦」のことをいう。原義は「(神の道のために)奮闘努力すること」であるが、古くから、異教徒に対する戦争と解釈されてきた。イスラム法においては、ジハードはムスリム共同体に課せられた宗教的義務であり、それを遂行する具体的方法に関しては詳細な規程がなされている。歴史的には、初期のアラブの大征服だけではなく、十字軍に対する戦争や、オスマン朝ヨーロッパへの進出がジハードとして戦われた。スーフィズムイスラム神秘主義)においては、異教徒に対する戦いを「小ジハード」というのに対し、自己の欲望に対する戦いは「大ジハード」とよばれて、より高く評価された。近現代におこった反帝国主義、イスラム復古主義原理主義では、イスラム世界防衛のため実際に武器を持って戦うジハードがふたたび強調されている。[竹下政孝]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のジハードの言及

【十字軍】より

…フランス王ルイ7世,ドイツ王コンラート3世の遠征によるイスラム側ダマスクスへの攻撃(1148)は,喪失領土の回復戦略とはなり得ず,その敗退によってザンギー朝のヌール・アッディーンの下でのアレッポとダマスクスの同盟を許し,十字軍国家はシリア沿岸部の狭小な帯状地域に圧縮された。 12世紀中葉から末期にかけて,十字軍側と,ファーティマ朝を打倒してエジプトとシリアにまたがるイスラム統一勢力を結集した英傑サラーフ・アッディーン(サラディン)を始祖とするアイユーブ朝(1169‐1250)の〈ジハード(聖戦)〉との戦いは,エルサレムの争奪をめぐって熾烈となり,1187年7月ヒッティーンの戦に大勝したサラーフ・アッディーンはエルサレムを同年10月に奪回した。これに対し西欧3大国の君主(イングランド王リチャード1世,フランス王フィリップ2世,神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世)が勢ぞろいした大規模な第3回十字軍(1188‐91)が編成され,両者の争いはその最高潮に達したが,結局西欧側の退勢を挽回し得ず,かろうじて1192年エルサレムへのキリスト教徒巡礼の自由通行を保障する協定の締結をもって幕を閉じた。…

【戦争】より

…この軍がローマ帝国の伝統を受け継ぐビザンティン帝国の正規軍や,戦象と重装備の騎馬隊を備えたペルシア軍を破ったのである。 後世に確立したイスラム法は,このような戦争をジハードとして合法化した。法理論のうえでは,世界はイスラム教徒が主権者である〈イスラム世界(ダール・アルイスラーム)〉と異教徒が主権者である〈戦争世界(ダール・アルハルブdar al‐ḥarb)〉に分かれている。…

※「ジハード」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ジハードの関連キーワードイスラム哲学ウシュル汎イスラム主義イードアルアドハーイスライスバハーニーダール・アルイスラームパン・イスラム主義イスラム世界イスラム世界会議

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ジハードの関連情報