日本大百科全書(ニッポニカ) 「イスラム過激派」の意味・わかりやすい解説
イスラム過激派
いすらむかげきは
radical Islamism
Islamic extremism
イスラム教徒のうち、宗教・政治・経済的目的を達成するため、テロ、殺人、暴力、誘拐などの犯罪的手段に訴える武装グループ。自ら信じるイスラム理想社会の実現のためには大量殺人などの犯罪も辞さず、アメリカ同時多発テロ、パリ同時多発テロ、ベルギー連続テロなどを引き起こしたとされる。日本や欧米社会は国際テロ組織とみなしている。西側諸国に対するテロを主張するスンニー派組織「アルカイダ」、アフガニスタンの反政府武装勢力「タリバン」、イラク・シリアでの国家樹立を目ざす「イスラミック・ステート(IS、イスラム国)」、シリアを拠点とするスンニー派組織「ヌスラ戦線」(現「タハリール・アル・シャーム機構」)、パレスチナ地区のイスラム政党「ハマス」、レバノンのイスラム主義組織「ヒズボッラー」、ナイジェリアを拠点とする「ボコ・ハラム」などがある。人口増加が続く中東、アフリカ、アジアでは、失業率が高く、格差が拡大し汚職が蔓延(まんえん)する傾向にあり、イスラム過激派がこうした社会的不満の受け皿になっている。預言者ムハンマド(マホメット)が唱えた宗教原則に厳密に立ち返ることを主張するイスラム原理主義者と同一視されがちであるが、原理主義者すべてが過激派というわけではなく、過激派はごく少数である。
旧ソ連のアフガニスタン侵攻に抵抗したアラブ諸国義勇兵(ムジャヒディン)がアルカイダの母体となるなど、イスラム原理主義が復興した1970年代から、イスラム過激派は世界に広がった。アメリカ同時多発テロ後、アメリカ政府のアフガニスタン侵攻(2001)やイラク戦争(2003)に対し、「聖戦(ジハード)」を唱えたイスラム過激派が各地でテロ行為を繰り返すようになった。中東の民主化運動「アラブの春」が2010年末から始まると、統治能力が低下した国々にイスラム過激派が入り込み、2014年にはISが国家樹立を一方的に宣言し、欧米・中東諸国との紛争を続けている。シリア、チュニジア、バングラデシュでは日本人を殺害するテロ事件が発生し、過激派思想に影響を受けた欧米の若者がイスラム過激派に加わる例も増えている。なおイスラム過激派に銃撃されながら女性の人権を主張し続けているパキスタン人女性マララ・ユスフザイや、イスラム過激派に性暴力を受けたのち性暴力撲滅を訴えているイラク人女性ナディア・ムラドはノーベル平和賞を受賞した。
[矢野 武 2019年5月21日]