スターン(英語表記)Stern, Isaac

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スターン
Stern, Isaac

[生]1920.7.21. クレメネッツ
[没]2001.9.22. ニューヨーク
ロシア生れのアメリカのバイオリニスト。幼時からサンフランシスコに住み,N.ブリンガーと L.パーシンガーに学ぶ。 1935年サンフランシスコ交響楽団と共演。 39年ニューヨークの演奏会で注目を浴び,48年のヨーロッパ初演奏以後ヨーロッパ各地で演奏活動を行う。 60年スターン三重奏団を結成,その演奏活動は 20余年にわたった。また経営難で取りこわしの危機に瀕したカーネギー・ホールの再興に尽力,生涯同ホールの理事長をつとめた。若手音楽家の育成と芸術の振興にも力を注いだ。 53年以降度々来日。 97年勲三等旭日中綬章受章。

スターン
Sterne, Laurence

[生]1713.11.24. クロンメル
[没]1768.3.18. ロンドン
イギリスの小説家。ケンブリッジ大学を出て司祭となったが,小説『トリストラム・シャンディ』 The Life and Opinions of Tristram Shandy,Gentleman (1760~67) によって一躍名声を得た。この作品は筋もなく,主人公らしいトリストラムも作品のなかば近くでやっと登場するという型破りの小説で,20世紀に入って高く評価され,新しい小説技法への刺激となった。その後結核の療養を兼ねて試みた大陸旅行に題材を取る『センチメンタル・ジャーニー』A Sentimental Journey through France and Italy (68) や,説教集などを発表した。

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百科事典マイペディアの解説

スターン

ウクライナ生れのアメリカのバイオリン奏者。生後まもなく家族とサンフランシスコに移住。アウアー門下のN.ブラインダーイザイエの高弟L.パーシンガー〔1887-1966〕に師事し,15歳でデビュー。1943年カーネギー・ホールにデビュー。第2次世界大戦後は世界各地に楽旅して名声を高めた。レパートリーは幅広く,デュティユーの《バイオリン協奏曲・夢の木》(1985年)など現代作品の初演も手がけている。近年は室内楽を中心に活動。1953年に初来日。

スターン

英国の小説家。ケンブリッジ大学を卒業し,ヨークシャー聖職につく。1760年に《トリストラム・シャンディ》の第1・2巻を発表して好評を博し,ロンドンに出て恋愛に明け暮れながら1767年までに第9巻を書くが未完のまま病死。この小説は奔放な諧謔(かいぎゃく)と言語的実験に富み,筋書よりも心の動きを重視してジョイス先駆といわれる。旅行記《センチメンタル・ジャーニー》(1768年)がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

スターン【Isaac Stern】

1920‐2001
ソ連邦ウクライナ生れのアメリカのバイオリン奏者。生後ほどなく家族と渡米,サンフランシスコでアウアー門下のN.ブラインダー,イザイエ門下のL.パーシンガーに師事。15歳のときモントゥー指揮のサンフランシスコ交響楽団と共演して注目され,17歳でニューヨークで最初のリサイタルを開いて絶賛された。第2次世界大戦後は,アメリカを代表するバイオリニストとして世界各地で精力的な活動を行い,日本にも1953年以来しばしば来日,多くのファンをもっている。

スターン【Laurence Sterne】

1713‐68
イギリスの小説家。元来イングランド北部ヨークシャーの名門の出身だが,父親はしがない陸軍少尉で方々を転々とし,スターンはアイルランドで生まれる。祖父と叔父の援助でケンブリッジ大学に学び,卒業後ヨークの近くで聖職に就き,20年間ほぼ平穏に牧師を務める。その間ルネサンス以来の風刺的な文人ラブレー,セルバンテス,スウィフトらの書に親しんだ。1750年代後半,ヨークの教会の地位をめぐる権力争いが生じ,それを風刺するため《政治物語》(1759)を執筆。

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大辞林 第三版の解説

スターン【Otto Stern】

スターン【Laurence Sterne】

1713~1768) イギリスの小説家。物語の筋を無視し人間心理の動きを自由な構成で描く。代表作「トリストラム-シャンディ」「センチメンタル-ジャーニー」など。

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世界大百科事典内のスターンの言及

【イギリス文学】より

…だが,これらは結局イギリスの土には根づかず,ヨーロッパ大陸やアメリカで,よりすぐれた実りをもたらすこととなった。
[歴史]
 バニアン,デフォーから始まったイギリスの〈ノベル〉の伝統は,その後18世紀にS.リチャードソン,H.フィールディング,L.スターン,スモレットの4巨匠を生み出した。18世紀は一般に〈理性の時代〉と呼ばれ,詩ですら感性よりは知性,論理に訴えかけようとした時代であるから,散文芸術である小説が質量ともにすぐれた作品を生み出したのも当然と思われる。…

【センチメンタリズム】より

…18世紀の啓蒙主義に対抗して現れたルソーの立場はその典型的な例であり,悟性偏重に反抗する19世紀のドイツ・ロマン主義の活動や,実証主義の時代を経て19世紀末から20世紀にかけて現れた〈生の哲学〉に流れる基調もこれに含められる。【細井 雄介】 そもそも〈センチメンタル〉なる英語がひろく用いられるようになるきっかけは,18世紀のイギリスの作家L.スターンの《センチメンタル・ジャーニー》(1768)であった。それまでに流布していた旅行記と異なり,自然の風物や都市の景観には目もくれず,もっぱら人心のあわれ(センチメント)を描くことを主眼にしたこの作品は,18世紀前半を支配した新古典主義(ネオ・クラシシズム)の主知主義からぬけ出る姿勢を示していた。…

【トリストラム・シャンディ】より

…イギリスの小説家L.スターンの小説。1759‐67年刊。…

※「スターン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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