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ストラスブール大学 ストラスブールだいがくUniversité de Strasbourg

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ストラスブール大学
ストラスブールだいがく
Université de Strasbourg

フランスのストラスブールにある共学制の大学。前身は 1538年創立のギムナジウム。1566年アカデミーに,1621年に大学となる。ストラスブールは 1871年の普仏戦争終結以後,第1次世界大戦の終わりまでドイツに属し,1872~1918年ウィルヘルム皇帝大学となっていた。1919年にフランスの大学として再編された。1968年の高等教育改革法に基づき,1971年に医学・自然科学系の I(ルイ・パスツール大学),文学・人文科学系の II(ストラスブール人文科学大学),法学・社会科学系の III(ロベルト・シューマン大学)の三つに分割された。2009年,3大学はストラスブール大学として統合された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ストラスブールだいがく【ストラスブール大学 Université de Strasbourg】

フランス,ストラスブール大学区の3大学の総称。ストラスブールに〈大学〉の原形ができたのはようやく1538年で,現在のフランスの大学のなかではかなりその創設は遅い。1538年,人文主義者J.シュトルムの主導で,従来町にあった三つの中等学校が合併して高等教育機関ギムナジウムとなり,66年,学院(アカデミー)に昇格,学位授与権をもつ哲学部と神学部が設置された。神学部はのちルター主義の拠点となる。1621年,アカデミーは〈大学〉に昇格し,法学部,医学部が併設された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ストラスブール大学
すとらすぶーるだいがく
Universit de Strasbourg

フランスのストラスブールにある大学。起源は1566年に創設されたアカデミーにまでさかのぼるが、大学の特権を得たのは1621年。フランス革命(1789)により一時閉学となる。プロイセン・フランス戦争(1870~1871)の結果この地方がドイツ領となったため、1872年から1918年までウィルヘルム皇帝大学と称されていた。また第二次世界大戦時(1939~1945)にはフランス南部のクレルモン・フェランに疎開していた。戦後は順調な発展を遂げ、7学部(カトリック神学、プロテスタント神学、政治経済学、医学、理学、人文学、薬学)を擁するフランス東部の代表的な大学となる。1968年の高等教育改革により、第一大学(ルイ・パスツール大学)、第二大学(人文大学)、第三大学(ロベルト・シューマン大学)に3分割されたが、2009年に再統合した。教員数は2759人、学生数は4万6627人である(2014~2015年度)。[馬越 徹]

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