学位授与権(読み)がくいじゅよけん

大学事典 「学位授与権」の解説

学位授与権
がくいじゅよけん

[学位の起源

そもそも学位制度は,中世ヨーロッパ(12世紀)に成立した,自由な知的集団ないし同業者組合としての性格を持った大学における教師(ドクターまたはマスター)が,自らの後継者を養成し,教師としての資格(教授資格(ヨーロッパ))を認定しようとしたものに起源を持つとされる。したがって誰に,どのようにして学位を授与するのか,すなわち学位の審査権を教師の集団あるいは組織としての大学が有することは自明のことであった。他方で,当時の大学は法・医・神の上級学部において,法曹官僚,医者,聖職者など専門的職業従事者の養成を行っていた。これら社会の知的エリート層の養成機能を有する大学教師の地位を,学位=教授資格を介して独占することは,大学にとってきわめて重要な権限として認識されたことであろう。社会情勢が変化しようとも,学位の授与権(審査権)に関しては,学外のいかなる勢力からも干渉されたり,侵害されることなく今日まで保持されてきたといわれている。

[学位授与権の正統性]

学位授与権(審査権)が大学の特権であるためには,授与する学位の通用性と大学による学位授与権の独占の正統性が担保されなければならない。この点において中世ヨーロッパの大学で重要な役割を果たしたのが,教皇,皇帝など普遍的な権力による「お墨付き」を意味するチャーター(ヨーロッパ)の存在であった。汎ヨーロッパ的な権力である教皇あるいは皇帝によるチャーターは,一国あるいは一地域を超えて学位の通用性を担保したのである。ただし,教皇あるいは皇帝によるチャーターは,学位授与権のみを担保したのではなく,大学の設立特許状(ヨーロッパ)として交付されたものであった。つまり大学の設置認可(ヨーロッパ)と学位授与権は不可分のものとして存在していたことを意味している。

 その後,宗教改革によって教皇権が後退し,他方でヨーロッパにおける主権国家体制が確立すると,大学の設置認可の権限はそれ以前の教皇あるいは皇帝から各国の国王あるいは領邦主などに移行した。これにより学位の通用性,正統性も国家の枠組みの中に限定されるようになったが,学位の授与権(審査権)に関しては,依然として大学のみに認められる特権として維持された。

[大学の自治と学位授与権]

近代国家の成立以降,自国民に対する教育が組織化・制度化され,現代社会に連なる学校教育制度が誕生すると,大学もまた,義務教育,中等教育とともに各国の学校教育体系の中に組み込まれ,かつての同業組合的な性格から国家の教育機関としての性格を帯びるようになる。大学の設置認可,教育機関に対する学位授与権の付与に関しては,法令等を通じた国家の管理下に置かれるとしても,学位の審査権そのものは,大学(大学の教授団)に委ねられていることが通例であった。これは,社会的勢力としての大学の特権が維持されたというよりも,大学の政治的中立性が保たれる限りにおいて,大学教員・学生の自由な意思による研究・教授・学修を認めることが学問研究の発展・継承において有益であると考えられたからであろう。さらに現代の民主主義国家においては,「学問の自由」およびその制度的裏付けとなる「大学の自治」が,思想・良心の自由などと並んで普遍的な価値として認められているということも,大学による学位授与権(審査権)の独占が認められてきたことの背景として考えられる。

[学位授与権をめぐる課題

今日の社会においては,大学以外の組織であっても,内容面・水準面ともに高等教育に類する教育研究を行う教育機関,あるいは高度な学術研究を行う研究機関が少なからず存在する。そのため,こうした教育研究機関による学位授与の可能性が課題として議論の俎上に上ることがある。学位が特定の職業への参入資格として,あるいは職業上の一般的な能力証明として社会的に重視されるようになればなるほど,そうした教育研究機関において大学・大学院修了者と同等以上の能力を有することが認められるならば,学位取得を可能とすることに対する社会的要請も強まるのである。実際,一部の国においてはすでに大学以外の教育研究機関における学位授与が認められている事例もある。

 ただし,研究機関等で学生を受け入れ,実際に研究指導を行う場合においても,学位の授与に当たっては大学との連携や審査における大学教員の参画を必須とするなどの現実的な方策により,大学による学位授与の原則を維持している。その背景としては,学外からの干渉を受けることなく,もっぱら学問もしくはその基礎となる知識・理論等に基づいて自律的・中立的に審査ができる制度的基盤を与えられた組織として大学が社会的に認知されていること,またそうした体制を維持するための仕組み(アクレディテーション制度等)が歴史的・伝統的に構築されてきたことがあげられよう。
著者: 濱中義隆

参考文献: 天野郁夫『教育と選抜』第一法規出版,1982.

参考文献: 大学評価・学位授与機構編『学位と大学―イギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・日本の比較研究報告』,2010.

参考文献: 横尾壮英『大学の誕生と変貌―ヨーロッパ大学史断章』東信堂,1999.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android