[世界最古の法学部]
世界最古の大学の一つにボローニャ大学(イタリア)がある。11世紀後半から12世紀にかけて,ボローニャではペポやイルネリウスなどの著名な法学者が活動していた。彼らは「自ら学びかつ教え」ていたが,その名声が高まるにつれて,ヨーロッパ各地から法学を学ぶ学生がボローニャに参集した。学生たちは相互に交換した情報に基づいて特定の法学者を選んで,教授・学習関係を結ぶ契約を取り交わした。その後,学生はウニヴェルシタス(大学団)に統合されていき,この大学団が教師たちと教育契約を結ぶことになる。
ボローニャにおいて大学が誕生した背景として,当時のイタリアの地位が挙げられる。地中海を経由してオリエントへ通じる遠隔地貿易にとっての有利な地勢,高い農業生産性,ドイツ国王とローマ法王の提携という特殊な政治的状況,皇帝と法王との激しくなっていく競合関係,都市の権利の強大化,ローマ帝国の歴史的遺産などである。都市の拡大は優れた行政能力,処理能力を必要とした。貿易は組織化され保護されねばならなかった。それぞれが独自の法的権力をもっていた諸都市間が競争しているという状況は,二つの普遍権力,つまり皇帝と教皇の特殊な諸機能を理解させるものでもある。都市がそれぞれに独自の法律的権力をもっていたことから生じる法律上の混乱は,そのつど上位に立つ二つの普遍権力の法律行為によってのみ押さえることができたからである。競い合う諸都市は,多くの領域において,都市間に広がる交流を可能なものにするために,二つの普遍権力の発する法律には特段の関心を示した。
さらに,11世紀末から始まった教会主導で行われた十字軍によって新しい思想,とくにイスラムと古代の知識がキリスト教徒たちの中に入ってきたことが挙げられる。たとえば哲学にとってはアリストテレスの著作が,法律にとってはユスティニアヌス法典(東ローマ帝国)が役立てられた。イルネリウスは,ユスティニアスが編纂した法の秩序を再編成した。これに対して,普遍的な教会の法体系を整備したのはボローニャの修道僧であったグラティアヌス,J.である。まさにボローニャで市民法と教会法という普遍法は誕生した。
[日本における法学部の位置]
法による社会の秩序維持と統制は,政治権力の支配と安定にとって欠くことのできない用具である。それぞれの政治体制は独自の法体制をもち,政治体制の変革は当然のことながら法体制(日本)の変革を要求する。明治維新による新しい国家権力の成立は,まさにそうした伝統的な法体制の廃絶と新しい法体制の創出への強い政治的要求をもつものであった。
江戸時代,統治者たちには能力よりも徳目が要請された。儒学理念に裏付けられた幕藩体制では前例踏襲による守成が善となり,家柄に応じた仕事を行い,変わらないことが尊重された。そこでは自ら考え,動くことはタブーであった。たとえば,ある武士の家訓によれば,価値秩序は非理法権天(日本)の順とされた。理性(合理性)は,親に従うべしという「法」,権力者の命令という「権」より下位に置かれた。天が最上位にあるのは,その権力者でさえもお天気を左右できないという意味にすぎなかった。
これでは西欧諸国家に対抗できる近代国家を形成することはできない。西洋法を継受し,日本に根づかせるための営み,さらに明治政府を支える官僚の育成は喫緊の課題であった。外国法の継受は司法省明法寮(日本)におけるフランス法,東京開成学校(のち東京大学法学部)における英米法の二つのルートで開始された。その後,東京大学に司法省法学校(日本),工部大学校,さらには東京農林学校が併合され,法・医・工・文・理・農の六つの分科大学と大学院からなる帝国大学が誕生した。法科大学長(日本)は大学総長の兼任とされ,法科大学(日本)は国家学を講じて行政官を養成する機関であることが示された。法律学科(日本)では憲法から始めて法理学まで,政治学科(日本)では国法学から始めて財政学まで,法学,政治学,経済学を構造的に習得させる段階的カリキュラムが組まれた。このように日本の法学部は司法官,行政官の養成目的から始まった。それが法曹養成に特化しているアメリカ合衆国のロー・スクールとの違いであろう。
なお代言人(日本)(弁護士)の供給は,司法省法学校および東京大学法学部という二つの官立学校の教育目的の外におかれ,その確保はもっぱら国家による資格試験制度に依存する方向がとられた。日本の私立大学の淵源をなす私立法律学校(日本)の成立の最大の契機は,こうした代言人資格試験(日本)の受験者のための,教育訓練の場の必要性の出現に求めることができる。
今日,諸外国に比し日本では法曹になるための司法試験に合格することが難しいこと,また大学も大衆化したことから,法学部を卒業しても法曹資格を有しないまま一般社会で活躍する者も多い。それでもいまなお法学部は,地方公務員も含め行政職公務員の大きな供給源となっている。それはM. ウェーバーのいうように,近代的大組織を動かすには官僚的合理性が不可欠な故であろう。
著者: 中富公一
参考文献: ハンス=ヴェルナー・プラール著,山本尤訳『大学制度の社会史』法政大学出版局,1988.
参考文献: 天野郁夫『近代日本高等教育研究』玉川大学出版部,1989.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
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