神学部(読み)しんがくぶ

大学事典 「神学部」の解説

神学部
しんがくぶ

理念的にはキリスト教以外の諸宗教においても,また特定宗教に限定しなくても「神学」はありうるが,諸外国や日本に現実に存在する神学部は,キリスト教的な神学概念に基づくものに限られると言ってよい。神学部を構成する学問分野としては聖書学歴史神学組織神学(教義学など)実践神学(倫理神学,典礼学,宣教学など)などがある。ただし,近年研究対象としてはキリスト教以外の諸宗教等が扱われることも珍しくない。大学神学部の役割は,伝統的には神学の理論的研究と教育ならびに聖職者養成であるが,現在は大学の性格や大学の諸教派との関係などによって,聖職者養成を目的とする神学校が神学部とは別に存立する場合もある。

[中世の大学と神学部]

西洋の大学において,神学は大学そのものの起源と深く結びついている。12~13世紀に制度的に確立した最初期の大学は,論理学や自然学などの基礎的な学問(いわゆる自由学芸,リベラルアーツ)の教育を行う自由学芸学部と,それらを修めたあとに学ぶべき上位の学問の教育を行う神学部,医学部法学部とからなるものであった。ただし,すべての大学にこれらの専門諸学部全部が備わっていたわけではない。

 学生は14~15歳で大学に入って,7年程度自由学芸を学んだのち,神学部に入学する。授業は大きく講義(神学部)と討論(神学部)に分かれていた。講義は聖書ならびに当時の神学教育の標準的テクストであったペトルス・ロンバルドゥス,P.の『命題集』等を扱うものであった。同書は,神学上の主要な主題について,聖書やキリスト教著作家(教父ら)のテクストの中からとられた諸命題を収集し,体系的に整理したものであり,これを通して学生はそれらの主題に精通するとともに,キリスト教の知的遺産を身につけることができた。討論は中世の大学で発達した授業形式であり,特定の主題に関して肯定・否定の諸論拠を対置させて整理し,その中から解答を見いだしていくものであり,学問的論証とならんで,神学や法学においてとりわけ重要な意味を持つ弁証術的議論の能力を磨くものであった。学生は7年ほどの修学ののち,さらに8年ほど講師として教授のもとで補助的な役割を務めたのち,空席の教授職があれば教授に就任することになっていた。ただし,教授職に至る学生は1割にも満たなかったと考えられ,残りは教会聖職者となった。

 キリスト教を精神的支柱とする当時の社会において,神学は諸学の最上位に位置づけられており(「哲学は神学の婢」),神学部は最高の知性が集まり,優れた知的営為が行われる場であった。なかでもパリ大学とオックスフォード大学の神学部は,12世紀から13世紀にかけて西欧全体の神学研究の中心地であった。今日,中世哲学の名の下に語られるボナヴェントゥラ,トマス・アクィナス,スコトゥス,オッカムらもこれらの神学部で学び教えた神学者である。14世紀に入ると,ヨーロッパ各地に相次いで誕生した大学に神学部が設置され,その地域の聖職者養成を担うようになっていった。宗教改革者ルターももともとは神学部で学位を取り,その教授となった大学人であった。

[近世以降の神学部]

宗教改革を経て,神学部も一般的にはカトリック神学部とプロテスタント神学部に二分されるようになる(一つの大学に両方が存在する場合もある)。また社会全体の世俗化の進行につれて,大学における神学の位置づけも相対的に低下し,哲学や人文学,そこから分離した自然科学,社会科学などと並ぶ諸学の一つとして位置づけられるようになっていった。しかし,現在でも神学部を持つ欧米の大学は少なくなく,神学部は哲学,宗教学等の隣接諸学とも関連を持ちながら,大学における精神的領域の研究を担い続けている。

[日本の大学の神学部]

日本の大学における神学部は,聖職者や修道者の養成を目的とする神学校としてキリスト教系大学(日本)に設置されたものがほとんどであり,学部数においても学生定員においてもきわめて限られた存在である。神学部があるのは,プロテスタント系大学では東京神学大学,東京基督教大学,同志社大学,関西学院大学,西南学院大学,カトリック系大学では上智大学である。このほか神学部ではないが,プロテスタント系の東北学院大学文学部総合人文学科やカトリック系の南山大学人文学部キリスト教学科のように,聖職者養成機関として認定されているものもある。他方,立教大学文学部キリスト教学科,京都大学文学部キリスト教学専修など,聖職者養成を目的とはしないが,神学部と重なる教育研究を行っている学部・学科もある。また,聖職者養成を使命とする神学部であっても,近年では聖職者を志望する学生は減少傾向にあり,理論的研究ないし教養として神学を学ぶコースを設ける場合も増えており,学部の性格や役割についての再検討が迫られている。
著者: 加藤和哉

参考文献: ジョン・マレンボン著,加藤雅人訳『後期中世の哲学―1150-1350』勁草書房,1989.

参考文献: 佐藤優『神学部とは何か―非キリスト教徒にとっての神学入門』新教出版社,2009.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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