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スノードン

百科事典マイペディアの解説

スノードン

英国の政治家。労働党の財政通として知られ,第1次・第2次マクドナルド内閣の蔵相。1931年金本位制度離脱を実行。1932年挙国一致内閣蔵相のとき保護貿易政策の採用に反対して辞職。

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世界大百科事典 第2版の解説

スノードン【Philip Snowden】

1864‐1937
イギリスの政治家。ヨークシャーの梳毛工の息子。国税局勤務中に事故で不具となり失職。独立労働党に参加し,自由貿易派の財政専門家として節約型の社会主義を説く。第1次労働党内閣の蔵相(1924)となり,間接税減税を実施。第2次労働党内閣の蔵相(1929‐31)としては恐慌に際して金本位制を擁護,失業手当を切り下げる緊縮予算をまとめ,党を分裂させた。スノードン子爵に叙され上院に移り挙国内閣国璽尚書(1931)となるが,保護貿易を嫌い翌年には辞任した。

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世界大百科事典内のスノードンの言及

【労働党】より

…26年ゼネスト敗北後,組合は政治闘争重視の立場に戻り,29年総選挙では第一党となり,第2次マクドナルド内閣を組織した。しかし大量失業に直面して蔵相P.スノードンは古典的財政政策を固守し,32年の国際金融危機では自由貿易と金本位制維持のためアメリカ,フランスの金融市場からの借入れに頼り,その条件として失業手当削減を含む緊縮財政実施を受け入れたため,労働党政府は分裂崩壊し,31年の挙国内閣(挙国一致内閣)に参加したマクドナルド,スノードンらは党から除名された。 党再建は運輸一般労組のE.ベビンら労働組合会議(TUC)評議会主導の下に行われ,産業国有化,計画経済など社会主義への移行のための政策綱領をまとめ,自由主義経済の呪縛を断ち切る一方で,絶対的平和主義者の党首ランズベリーGeorge Lansbury(1859‐1940)を辞任させ,新党首C.R.アトリーの下にファシズムの脅威に対し集団安全保障政策をとり,挙国政府の宥和政策に対抗した。…

※「スノードン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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