スペイン舞踊(読み)すぺいんぶよう(英語表記)spanish dance

日本大百科全書(ニッポニカ) 「スペイン舞踊」の意味・わかりやすい解説

スペイン舞踊
すぺいんぶよう
spanish dance

スペイン舞踊を大別すると、宮廷舞踊から発達した舞台芸術である古典舞踊(バイレ・クラシコbaile clásico)と、スペイン全土に散在する多くの民俗舞踊(バイレス・レヒオナーレスbailes regionales)とに分けられる。アンダルシア地方のロマ(かつてジプシーとよばれた)がつくりあげたフラメンコ(バイレ・フラメンコbaile flamenco)は民俗舞踊の一種でもあるが、技術的に練磨され洗練されて、現代では舞台芸術としても世界に誇りうる独特の魅力をもっており、他の民俗舞踊とは一線を画しているともいえよう。アルヘンティーナなど20世紀の舞台舞踊家はこの三つの舞踊を混ぜ合わせたレパートリーをつくることが多く、アルベニスグラナドスファリャなどスペインの作曲家の音楽による独自のスペイン舞踊を創造し、国際的な評価を得た。

[市川 雅・國吉和子]

古典舞踊

16世紀のヨーロッパの宮廷では結婚式を祝って舞踊が演じられた。スペインのグアダラハラの宮廷ではガリアルダgalliarda(イタリア語。スペインではガリャルダgallarda)が踊られ、ジャンプや旋回など高度な技術がみられたと記録されている。パバーヌpavane(フランス語。スペインではパバーナpavana)も踊られたが、荘厳で行列式のこの踊りは活発なガリャルダと対(つい)で踊られたといわれる。18世紀にはボレロboleroが流行し、「ボレロ学」という学問まで生まれ、各主要都市にはボレロを教える学校があり、キリスト教会の弾圧にもかかわらず、大いにもてはやされた。現在バレエに使われている「グリッサード」というステップは、スペインのカディスで生まれ、「グリッサ」といわれていた。同じく「パ・ド・ブレ」はボレロのなかで頻繁に使われる「パスーラ」というステップから生まれたといわれる。現存するボレロはカスタネットを手に持って踊られるもので、18世紀のスペイン宮廷を想起させる優雅さを特徴としている。古典舞踊を踊った舞踊家に、アルヘンティーナ、ピラール・ロペスPilar López(1912―2008)、マノロ・バルガスManolo Vargas(1914―2011)などがいる。

[市川 雅・國吉和子]

民俗舞踊

スペインの民俗舞踊は数多く、各地方でそれぞれの特色をもっているが、代表的なものに、カタルーニャ地方のサルダーナ、アンダルシア地方のファンダンゴセビリャーナス、カスティーリャ地方のセギディーリャ、アラゴン地方やナバラ地方のホタなどがある。それぞれ地方独特の衣装を着け、カスタネット、ギター、タンバリンなどの伴奏や歌にあわせて踊られる。

 サルダーナsardanaは輪舞で、スキップ風のステップをするのが特徴である。もとは女性だけのもので、男性は輪の中に入ることが禁じられていたという。バルセロナではメルセド教団の9月の祭りで踊られるほか、祝祭的な行事の際にも踊られることがある。

 ファンダンゴfandangoは、ギターと歌が交替する伴奏にあわせて踊るが、各節の終わりには決まったステップがあり、繰り返される。活発で熱狂的な雰囲気があり、踊る人はテクニックを競う。2人で踊る場合は1人がステップを決め、もう1人がそのステップを受けてさらに技巧的に踊る。

 セビリャーナスsevillanasは、セビーリャの春祭(フェリア)で町中をあげて踊られる。普通は対舞(たいぶ)形式になっており、踊り手の技術の程度によって、簡単にも複雑にも踊ることができる。

 セギディーリャseguidillaは、ドン・キホーテで有名なラ・マンチャ地方を起源としている。伴奏の歌の最初の一節が終わると、踊っている人々は突然止まった姿勢をとる。セビリャーナスもこの特徴を備えており、セギディーリャ・セビリャーナともいわれる。

 ホタjotaは、スペイン各地にあるが、アラゴン地方のホタ・アラゴネーサがとくに有名。男女一対となった多くの組によって踊られ、男性は頭にスカーフを巻き、細いズボンを着け、速い足さばきで少し前かがみになって踊る。

[市川 雅・國吉和子]

フラメンコ

フラメンコの語源には立って踊る姿が鳥のフラミンゴに似ているからという説、フランドル人のように粋(いき)な感じがあるからという説、炎や情熱を意味するフラマflamaに発する隠語説、など諸説がある。

 長く移動を続けてきた少数民族ロマがアンダルシア地方に定着したのは17~18世紀ごろといわれ、グラナダのサクラモンテやアルバイシン、セビーリャのトリアーナ、港町カディスなど各地に集落をつくり、土着の民謡や舞踊を取り入れて独自の歌や踊りをつくりあげていった。19世紀なかばになると、それらロマの歌い手や踊り手を出演させるカフェ・カンタンテ(キャバレー)ができて繁盛したが、20世紀の初めごろには衰え、かわって劇場のステージで踊られるようになり、パストラ・インペリオPastora Imperio(1888―1979)、ビセンテ・エスクデロらの名手を生んだ。その後のおもな舞踊家には、カルメン・アマーヤCarmen Amaya(1913―1963)、グラン・アントニオ(本名アントニオ・ルイス・ソレール)、アントニオ・ガデスAntonio Gades(1936―2004)、クリスティーナ・オジョスCristina Hoyos(1946― )、マリオ・マジャMario Maya(1937―2008)、メルチェ・エスメラルダMerche Esmeralda(1950― )、マヌエラ・カラスコManuela Carrasco(1958― )、ホアキン・コルテスJoaquín Cortés(1969― )などがおり、洗練された演出と高度な技術で観客を魅了している。

 フラメンコの音楽は愛の悲しみや苦悩を表現したものが多く、それをカンテ・ホンドcante jondo (hondo)(深い歌の意)というが、それ以外にも軽快で陽気なカンテ・チーコcante chicoや、非ロマ系のアンダルシア民謡、中南米から逆輸入したものなどもあり、これらの混交もある。音楽に踊りがついているものに、アレグリーアスalegrías、ブレリーアスbulerías、ファルーカfarruca、ソレアーレスsoleares、ティエントスtientos、シギリジャスsiguiriyasなどがある。アンダルシア民謡を振り付けたファンダンゴやセビリャーナスなどでは、本来は持たないカスタネットを両手につけて踊ることも多い。

 フラメンコには、カンテcante(歌)とバイレbaile(踊り)とトケtoque(ギターの弾奏)の一体感が必要であるが、歌もギターもなくただリズムだけで踊ることもある。踊り自体が音楽性を備えていることも特徴で、ピトスpitos(指打ち)、パルマスpalmas(手拍子)、サパテアドzapateado(足踏み)などをダンサーは踊りながら行う。女性舞踊と男性舞踊があるが、女性の場合、姿勢はS字形を描き、腕の曲線的な動きが重要であり、男性は垂直に立ち、正確で強い足踏みが要求される。

 フラメンコの人気は外国にも及び、国際的にも舞踊家を輩出している。日本では河上鈴子(1902―1988)によってスペイン舞踊が本格的に紹介され、その後、ペペ斉京(さいきょう)(1912― )、小松原庸子(ようこ)(1931― )、長嶺(ながみね)ヤス子(1936― )、小島章司(1939― )、山崎泰(やすし)(1943― )らの一貫した活躍によってフラメンコが定着した。1980年代から1990年代にかけては、実力の充実した碇山奈奈(いかりやまなな)(1950― )、入交恒子(いりまじりつねこ)(1961― )ら若手が多数輩出した。

[市川 雅・國吉和子]

『浜田滋郎著『フラメンコの歴史』(1983・晶文社)』『パセオ編集部編『フラメンコ百科』(1990・パセオ)』『ジェラルド・ジョナス著、田中祥子・山口順子訳『世界のダンス――民族の踊り、その歴史と文化』(2000・大修館書店)』『小島章司編『フラメンコへの招待』(2002・新書館)』


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改訂新版 世界大百科事典 「スペイン舞踊」の意味・わかりやすい解説

スペイン舞踊 (スペインぶよう)

スペインは,舞踊のさかんなことにかけてはヨーロッパでも指折りの国である。ボレロセギディーリャホタファンダンゴ,各種フラメンコ舞踊など世界的に知られる踊りも少なくない。なかでも著名なのはフラメンコだが,これがスペイン舞踊のすべてであるように思うのは誤解で,この国にはより古い歴史をもつ古典舞踊や,それぞれ固有の風土を背景とした多様な民俗舞踊の流れも存在する。これらスペイン舞踊全般にほぼ共通する特徴として,第1にリズムの活発さと複雑さが挙げられよう。スペインのリズムは一般に他の西欧諸国のそれのように平たん,単調ではない。こまかい符割を伴うリズムや拍子の混合が多く見られ,したがって踊りのステップも多彩な変化に富んで,しばしば微妙な間(ま)の取り方を必要とする。技法的には,小道具としてリズムの活気と複雑性を助長するカスタネットの使用,靴音を多様に活用するサパテアードzapateadoの発達,踊りの途中,フレーズの終りで動作を急激に止めポーズを決めるビエン・パラードbien paradoの手法などが目だつ。パセオpaseoと呼ばれる歩き方の優美さもしばしば重視される。いわゆる〈手ぶり〉のよさを重んじるのも特色で,これには東方からの影響が指摘できる。スペイン文化のすべての表れと同様に,この国の舞踊もまた西洋・東洋にまたがる諸文明の粋を集めたものなのである。

スペインの踊手,とくに女性はすでにローマ時代から名高く,詩人マルティアリスやユウェナリスによっても詩に詠まれている。彼女らはクルスマタcrusmata(カスタネット状の楽器)を鳴らしながら奔放に踊りローマ人士から歓迎されたという。そのようにスペインにおける舞踊の起源はきわめて古いが,こんにちスペインの古典舞踊といえば,ルネサンス期以降,16~17世紀に行われた宮廷舞踊や市民社会の舞踊を母体にしたものだといえる。16~17世紀のスペイン舞踊の代表的なものとしてはアルタalta,バハ・ダンサbaja danza,カナリオcanario,チャコーナchacona,エスパニョレータespañoleta,フォリーアfolía,サラバンダzarabanda等が知られ,ほかにも舞踊の形式はきわめて多い。以上のうちチャコーナはシャコンヌ,サラバンダはサラバンドとしてヨーロッパ各地に広まり,やがて器楽曲の重要な形式として定着したものである。また,スペインの新大陸進出に伴って,新大陸にも伝えられた。一方,たとえばガイヤルド,パバーヌのような汎ヨーロッパ的宮廷舞踊も,スペインに移入されそれぞれガリャルダgallarda,パバーナpavanaと呼ばれて親しまれた。18世紀に入った頃からスペイン各地の民俗的な舞踊,たとえばファンダンゴ,セギディーリャ,ホタなどがしだいに宮廷や劇場,一般市民社会にも普及しはじめ,旧来の曲種と相まって,こんにちスペイン舞踊の典型といわれるものを形づくっていった。ことに18世紀の末ごろ,おそらく舞踊手セレーソSebastián Cerezoによってセギディーリャの一型から編み出されたボレロは,つづく19世紀を通じてマドリードをはじめスペイン国内で大きな人気をかちえたほか,諸外国でもスペイン舞踊の代表格として認められた。セレーソのほか,舞踊手ボリーチェAnton Bolicheも,ボレロの際だった改革者として著名である。19世紀以降宮廷を離れ一般市民の通う劇場をおもな舞台とするようになったスペイン古典舞踊は,フラメンコを含む各地の民俗舞踊と絶えず接触し相互の影響を繰り返しながら発展してきた。その中核にはボレロがあり,外来のバレエ的要素を取り入れながらも,本質的に前記のような民俗的性格に立つ舞踊芸術であるといえよう。スペイン古典舞踊の音楽は,18~19世紀の古典曲をそのまま,あるいは多少の編曲を施して用いる場合と,民族的リズムを使った近・現代の作品,たとえばアルベニス,グラナドス,ファリャなどの音楽を活用する場合がある。

スペインは民謡が豊富であると同様に,地方的な民俗舞踊もきわめて多彩かつ盛んである。とりわけ有名なものに,カタルニャ地方のサルダーナsardana(特定の管楽合奏団により演奏され,人びとが手をつなぎ輪になって踊る),バスク地方のソルツィーコzortziko(個性的な5拍子による),アウレスクaurresku(宮廷舞踊に由来する優美なもの),エスパタ・ダンツァespata-dantza(剣舞),アラゴン地方のホタ(男性の高くとび上がる振付と純スペイン的な曲調が有名),ラ・マンチャ地方のセギディーリャ(ごくスペイン的なリズムと旋律をもち,アンダルシアに伝播してセビリャーナスsevillanasとなった),アンダルシアを本場とするが各地に普及しているファンダンゴ,アストゥリアス地方のダンサ・プリマdanza primaやヒラルディーリャgilardilla,サラマンカ地方のチャラーダcharrada等々がある。ほかにも注目すべき民俗舞踊は多いが,特記すべきものとしてフラメンコ舞踊がある。

これは本来地方舞踊の一つであるが,19世紀後半から20世紀にかけて目ざましい人気を得るとともに芸術的発展をつづけ,現代では他の民俗舞踊と一線を画するまでになった。もとはアンダルシア地方に定着したジプシーのあいだにはぐくまれたもので,その音楽ともども東方的な色彩が強く表れ,各種技術の徹底した練磨や,現代に至り強化された舞台芸術としての洗練が加わって,きわめて個性的・魅力的な舞踊の一ジャンルと認められている。サパテアード,ブラセオbraceo(手と腕の動き),デスプランテdesplante(急な静止),ブエルタvuelta(旋回),パセオなどの技術は他のスペイン舞踊と共通の要素ではあるが,いずれも独特の流儀にもとづき複雑化・尖鋭化されており味わいが豊かである。男女の衣装,踊る際の表情などの点にも固有の流儀が守られる。フラメンコとスペイン古典舞踊は本来別のジャンルで,それぞれの専門舞踊手をもつが,なかにはエスクデーロVicente Escudero,グラン・アントニオGran Antonioのように,双方の道に秀でた全般的なスペイン舞踊家もいる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「スペイン舞踊」の意味・わかりやすい解説

スペイン舞踊
スペインぶよう
Spanish dance

16世紀頃から劇場芸術の一部として発達したサラバンドパバーヌボレロなどのいわゆるバイレ・クラシコ (古典舞踊) とムーアの影響を強く受けたアンダルシア地方のフラメンコ,およびアラゴン地方やバレンシア地方のホタのような民俗舞踊の総称。バイレ・クラシコはフランスの宮廷バレエと交渉をもちながら高度に洗練されたが,20世紀になると衰微し,劇場化されたフラメンコと一緒に上演されることが多くなった。フラメンコはスペイン舞踊を代表するものであるが,劇場化されたのは 20世紀の P.インペリオ,V.エスクデロ,ラ・アルヘンティーナ,R.アントニオらのすぐれた舞踊家が出てからである。

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