英語でいうスペクタクルとは〈壮観〉〈見世物〉の意だが,まさに壮観なシーンを見せ場とする映画が漠然とこの名で呼ばれる。英語ではepic filmともいう。巨費を投じ,けんらん豪華なセットを組み,エキストラを動員し,スケールの大きさを強調した超大作のことだが,ハリウッドではセックス,暴力,聖書,スペクタクルが〈病める映画産業の万能薬〉といわれるように,もっとも興行価値の高い映画ジャンルとみなされ,映画史的にももっとも古い伝統をもっている。その原点が映画草創期の1900年代からつくられはじめたイタリアの古代史劇で,当時ローマ史を背景とした文学作品があいついで映画化され,その多くは動きの少ない絵巻物的作品に終わったが,5000人のエキストラとほんもののライオン30頭を登場させてローマの炎上やキリスト教徒の殺戮(さつりく)を描いた6000フィート,9巻,2時間の《クオ・バディス》(1912)と,ローマとカルタゴの第2次ポエニ戦争を題材とした12巻(オリジナル版は4時間を超えたといわれる)の《カビリア》(1914)はスペクタクル映画の草分けとなった。とくに後者はイタリアのサイレント映画の頂点を示す作品であり,著名な詩人,小説家,劇作家,軍人であったダンヌンツィオが荘重華麗な文学的字幕を書いたことでも知られ,スペイン出身の名カメラマン,セグンド・デ・チョーモン(1871-1929)の移動撮影や,のちにハリウッドで〈レンブラント・ライティング〉と名づけられた人工光線による下からの仰角(あおり)ぎみの照明といった革新的な技術が各国の映画に大きな影響をあたえ,アメリカのD.W.グリフィスは《カビリア》のプリントを1本手にいれてつぶさに研究し,アメリカ最初のスペクタクル映画《国民の創生》(1915)と《イントレランス》(1916)をつくった。
スペクタクル映画はグリフィス以来,ハリウッドのお家芸になって今日まで続いているが,全映画史を通じてその最大の推進者となったのが〈スペクタクルの巨匠〉の名をほしいままにしたセシル・B.デミル監督である(他方,フランスにはほとんど狂い咲きのように大スペクタクル映画をめざしたアベル・ガンス監督の孤高の存在がある)。1920年代には西部の開拓者たちを描いた《幌馬車》(1923),聖書に取材したデミル監督《十誡》(1923),古代ローマの歴史を描いた《ベン・ハー》(1926),キリストの生涯を描いたデミル監督《キング・オブ・キングス》(1927),第1次世界大戦における空中戦を描いた《つばさ》(1927)などがスペクタクル映画としてつくられた。30年代には,経済的不況による製作費の削減で前半はふるわず,セックスと暴力のメロドラマ的《暴君ネロ》(1932),デミル監督の見せかけだけの歴史スペクタクル《クレオパトラ》(1934),《十字軍》(1935)などでお茶をにごした程度だったが,半ばころからはベストセラー小説の映画化が盛んになり,ハーベイ・アレン原作による《風雲児アドバース》(1936),ジェームズ・ヒルトン原作《失われた地平線》(1937),パール・バック原作《大地》(1937),マーガレット・ミッチェル原作《風と共に去りぬ》(1939),ルイス・ブロムフィールド原作《雨ぞ降る》(1939)などがつくられた。第2次大戦後も,一時スペクタクル映画はおとろえたかに見えたが,映画産業が不況にあえいだ40年代後期に戦後最初のスペクタクル映画であるデミル監督の《サムソンとデリラ》(1949)が大ヒットし,続いて同じデミル監督によるサーカスを舞台にしたスペクタクル映画《地上最大のショウ》(1952)とともにはじまった50年代にも,テレビに対抗して映画が大型化され,最初のシネマスコープ映画《聖衣》(1953)に引き続き,《プロディガル》(1955),デミル監督《十戒》(1956)などがワイド・スクリーンを計算にいれてつくられ,《ベン・ハー》(1959)が大ヒットした。
60年代には《エル・シド》(1961),《クレオパトラ》(1963),《ローマ帝国の滅亡》(1964)などのほか,戦争あるいは戦乱を題材にした《栄光への脱出》(1960),《史上最大の作戦》(1962),《ドクトル・ジバゴ》(1965),聖書をもとにした《キング・オブ・キングス》(1961),《偉大な生涯の物語》(1965),《天地創造》(1966),さらにSFスペクタクル《2001年宇宙の旅》(1968)などがつくられた。60年代から70年代にかけて,若い世代の映画観客の関心がスケールの大きさを誇示するスペクタクル映画よりも独立製作者たちの作品に向けられたことや,スターたちが出演料のほかに利益配分を要求したことなどもあって,製作費のかさむスペクタクル映画は急速にすたれたが,やがて天地海陸の災害をテーマにした〈グランド・ホテル形式〉の新しいスペクタクル映画としてよみがえってくる。《大空港》(1970),《ポセイドン・アドベンチャー》(1972),《大地震》(1974),《タワーリング・インフェルノ》(1975),《ヒンデンブルグ》(1976)といった特撮を活用した〈パニック映画〉(アメリカではdisaster film,すなわち〈災難・災害映画〉)とよばれる新しいジャンルがそれである。これらのハリウッドのパニック映画は〈窮余の気まぐれ〉ともいわれたが,SFスペクタクル《スター・ウォーズ》(1977)が示したように,スペクタクル映画にはつねに大きな利益をもたらす可能性が潜在しており,映画史家の指摘によれば,映画の歴史75年の〈マネー・メーカー〉10本のうちの5本までがスペクタクル映画のジャンルに入る作品だという。
執筆者:柏倉 昌美
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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