クレオパトラ(読み)くれおぱとら(英語表記)Cleopatra ラテン語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「クレオパトラ」の意味・わかりやすい解説

クレオパトラ
くれおぱとら
Cleopatra ラテン語
Kleopatra ギリシア語
(前69―前30)

クレオパトラ7世(在位前51~前30)。エジプトのプトレマイオス朝最後の女王。クレオパトラという女性名は、古代マケドニアアレクサンドロス大王王家、ついでシリアのセレウコス王家にみいだされ、さらにプトレマイオス王家にも女王名としてしばしば用いられたが、もっとも有名なのは女王クレオパトラ7世である。

秀村欣二

共同統治

クレオパトラは、プトレマイオス12世アウレテスPtolemaios Ⅻ Aulētēs(在位前80~前51)の次女として生まれた。マケドニア・ギリシア系の才色兼備の婦人で、高い教養をもち、ギリシア語しか話さなかった王家の人々のなかで、エジプト語はもちろん、近隣諸国の言語を解し、外交使節とも通訳なしに応対したといわれる。17歳のとき、プトレマイオス家の慣例に従って9歳の弟プトレマイオス13世と結婚し、共同統治者となったが、まもなく2人は反目し、宮廷内も2派に分かれて争い、クレオパトラのほうが劣勢で、一時シリアに退いた。ところが、紀元前48年ポンペイウスを追ってエジプトにきたユリウス・カエサルに1人で会ってその支持を取り付けた。その結果生じたアレクサンドリア戦争で、カエサルは初め苦戦したが、ついにプトレマイオス13世を敗走溺死(できし)させた。カエサルは、クレオパトラと5歳の末弟プトレマイオス14世をエジプトの共同統治者としたが、彼女は事実上カエサルの愛人となり、男児カエサリオンを生んだ。カエサルのローマ凱旋(がいせん)後、クレオパトラは幼王をも伴ってローマを公式訪問し、カエサルの邸宅に迎えられた。しかし前44年3月15日カエサルが暗殺されると、急いでエジプトに帰り、プトレマイオス14世を殺し、カエサリオンを共同統治者としてカエサル亡きあとの政治情勢を静観した。

[秀村欣二]

ヘレニズム世界の女王

その後、前42年オクタウィアヌスとともにカエサル暗殺者たちを撃滅したアントニウスは、翌年小アジアのタルソスでクレオパトラと会見、その美貌(びぼう)と才知のとりことなり、アレクサンドリアに同道し、交情を結んだ。前40年アントニウスはローマに帰り、オクタウィアヌスの姉オクタウィアと政略結婚し、クレオパトラとの関係は解消したかにみえた。しかし前37年、パルティア遠征のため東方にきたアントニウスは、クレオパトラとの愛情を復活するとともに、彼女から軍事的支援を得た。2人の間には男女の双生児が生まれた。前36年のパルティア遠征は惨敗に終わったが、クレオパトラはフェニキアまで救援に駆けつけた。前34年アントニウスはアルメニアで勝利を収めると、凱旋式を慣例に反してローマでなくアレクサンドリアで挙行した。クレオパトラはイシス女神の扮装(ふんそう)をし、藩属国諸王を従え、東方ヘレニズム世界の女王としてふるまった。この知らせはやがてローマに達し、前35~前34年にかけてオクタウィアヌスとアントニウスとの間に活発な宣伝と非難の文書合戦が開始され、それは政治問題から女性関係のスキャンダルの暴露にまで及んだ。

[秀村欣二]

アクティウムの海戦

前33年、アントニウスはエフェソスに東方のローマ軍団と藩属国の軍隊を集結、クレオパトラも軍船と軍資金を提供した。前32年、アントニウスはついにオクタウィアに離縁状を送り、オクタウィアヌスは内乱の形式を避けるため、クレオパトラに対してのみ宣戦を布告した。前31年、アクティウムの海戦に双方は天下を賭(と)したが、戦いなかばにしてクレオパトラは艦隊を率いて逃走しアントニウスもこれを追ったので、戦いはあっけない結末に終わった。前30年、アレクサンドリアでアントニウスが自殺し、クレオパトラもローマの凱旋式に引き回されることを拒否して、毒蛇に身をかませて死んだと伝えられる。

[秀村欣二]

評価

カエサル、アントニウスと2人のローマの代表的将軍を魅惑したクレオパトラは、ローマ人から「ナイルの魔女」と悪罵(あくば)されたが、その最後の潔い死は評価された。「クレオパトラの鼻」で知られるパスカルの警句、プルタルコスに拠(よ)ったシェークスピアの『アントニーとクレオパトラ』やバーナード・ショーの『シーザーとクレオパトラ』とそれらの映画化など、このヘレニズムの最後の女王への関心は今日まで続いている。

[秀村欣二]

『エーミル・ルートヴィッヒ著、高津久美子訳『クレオパトラ』(1973・筑摩書房)』『浅香正著『クレオパトラとその時代』(1974・創元新書)』『ブノワ・メシャン著、両角良彦訳『クレオパトラ――消え失せし夢』(1979・みすず書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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