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スボボダ Svoboda, Josef

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

スボボダ
Svoboda, Josef

[生]1920.5.10. チャスラフ
[没]2002.4.8. プラハ
チェコの舞台装置家。装置と照明を舞台芸術の有機的な要素と考え,さまざまな機器や技術を駆使して実験的な舞台づくりに取り組んだ。 1948年チェコ国立劇場の首席デザイナー。 1958年ブリュッセルの万国博覧会で行なった,映画の画面と実際の舞台の演技とを交互に見せながら物語を展開する「ラテルナ・マギカ」で知られる。イギリスナショナル・シアターをはじめ,国際的にも活躍した。

スボボダ
Svoboda, Ludvík

[生]1895.11.25. モラビア,フロズナティーン
[没]1979.9.20. プラハ
チェコスロバキアの軍人,政治家。小農の家に生れ,第1次世界大戦に従軍しロシアに投降,同地で結成されたチェコスロバキア軍の中隊長となった。建国後軍事アカデミーの教官に就任,ナチスによる占領後は東モラビアで地下抵抗運動に参加。 1939年にポーランドを経てソ連へ行き,チェコスロバキア部隊を組織,ソ連軍とともに西部戦線を歴戦,45年コシツェ臨時政府とともに祖国に帰り,国防相に就任した。 48年共産党に入党,中央委員となったが,粛清のため追放され,52年に投獄された。釈放後 55~59年に軍事アカデミー院長,65年ソ連邦英雄の称号を受けた。 68年4月改革派に推されて大統領に就任,8月の5ヵ国軍侵入に際し,A.ドプチェクら指導者の釈放を求めてモスクワに乗込み,強硬に交渉した。その後,旧体制の復活した状況のもとで,事態の悪化を最小限に押える考慮から大統領の職にとどまっていたが,75年5月病気と老齢を理由に地位を G.フサークに譲った。

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世界大百科事典 第2版の解説

スボボダ【Josef Svoboda】

1920‐
チェコスロバキア舞台美術家。チャスラフ生れ。1948年からプラハ国立劇場の首席舞台美術家をつとめる。照明を巧みに使い,映画の手法などを取り入れて舞台美術に新風をもたらし,〈空間と光の詩人〉と呼ばれる。〈ラテルナ・マジカ〉の推進者で,コンピューターの技術や新しい科学的な方法を駆使したモントリオール万国博でのマルチプロダクションや,《ハムレット》(1959),《かもめ》(1960)などの美術は有名である。

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世界大百科事典内のスボボダの言及

【舞台美術】より

…機能的な構成と素材の緻密な選択による仕上げは,知的とも感じられる一つの美しさを創り出した。近年,コンピューターの技術や科学的な方法を駆使している舞台美術家にチェコのJ.スボボダがいる。特殊な照明,スライドの投影,メカニカルな装置の動きなどにより,奥行のあるきわめて空間的な舞台を創造している。…

※「スボボダ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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