スポーツに関連した人体の生理や疾病,傷害を扱う医学の一分野。近年はスポーツ選手の外傷の治療・予防のみでなく,一般の人々の運動不足,栄養の過誤,精神緊張などから起こる健康体力の低下やいろいろな疾病障害の予防・治療・リハビリテーションなどについても扱われる。
医療とスポーツなどの身体活動の結びつきは古く,紀元前3000-前2000年ころ中国やインドでは,体操とくに呼吸体操が身体機能の向上や障害の予防・治療に用いられていた。ヒッポクラテスは散歩,走行,乗馬,相撲,体操などを健康の保持や疾病の治療にきわめて重要なものとしている。このような考え方は西欧医学にも連綿としてうけつがれており,16世紀にメルクリアーレG.Mercurialeによって書かれた《体操書De Arte Gymnastica》には,医療体操の原則について,(1)運動は健康を保持すべきものであること,(2)運動は血液・体液の調和を乱さぬこと,(3)運動は身体各部に適切であること,(4)健康な人は規則正しく運動すること,(5)病気の人は病状を悪化させるおそれのある運動をさけること,(6)回復期の人には個々の状態に応じた運動を処方すること,(7)座りきりの生活をしている人は,第一に運動が必要なこと,などが記されている。この考え方は,現代にも大部分通用するものと思われる。
18世紀に入り,ドイツのF.ホフマンは《医学的にみた適量の運動》で運動の循環・消化・吸収に対する作用を述べ,運動は薬物よりすぐれた万能薬であるとした。また,フラーF.Fullerは《医用体操》《運動の効果と処方》のなかで,人間の生命維持に必要な運動について述べ,近代医学のなかに医療法としての身体運動の重要性を位置づけた。18世紀後半から19世紀にかけ,近代科学の進歩とともに,筋肉生理,呼吸循環生理の研究が進み,運動生理学的研究も進展し,1813年にはストックホルムにスウェーデン王立中央体育研究所が設立された。96年クーベルタンにより近代オリンピックが再興されたが,これを機に西欧におけるスポーツはよりいっそう盛んとなり,その波は世界的に広まった。このことはスポーツ医学の発展にとっても大きな意味をもっている。すなわち,競技スポーツが盛んになるにつれ,それに伴う外傷や疾病が増加し,医学的に対応する必要性が高まってきたわけである。1922年スイスでスポーツ医学委員会が設けられ,24年ドイツで体育振興ドイツ医師連盟が結成された。28年には国際スポーツ医学連盟が結成され,同年8月のアムステルダムのオリンピック大会の際に,第1回の国際スポーツ医学会が開催された。第2次大戦で中断した国際スポーツ医学会は,48年から再開され,オリンピックの年とその中間年の2年おきに行われている。
日本では1924年に国立体育研究所が設立され,スポーツ・体育の生理学,生化学,心理学,教育学的研究が始められた。28年アムステルダム,32年ロサンゼルスの両オリンピック大会で日本の選手が水泳・陸上競技などで活躍することにより,日本のスポーツも大いに盛り上がり,1928年東京,大阪であいついでスポーツ医事研究会が組織され,極東選手権大会やマラソンの大会においてスポーツ医学的調査研究が行われた。第2次大戦後,49年に日本体力医学会が設立され,日本医学会分科会として認められ,54年国際スポーツ医学連盟に加盟した。
近代におけるスポーツ医学は競技選手の外傷や疾病の治療・予防が主要課題であったが,スポーツの発展とともに,記録向上のためのトレーニングやスポーツ技術に関する運動生理学的研究もしだいに盛んになった。また,第2次大戦における多数の戦傷者に対する治療や,社会復帰のためにも積極的にスポーツ活動が導入され,リハビリテーションの面においてのスポーツ医学も発展した。
1950年代に入り,とくに社会主義国では国の政策としてスポーツを重要視したため,スポーツ医学の発達・普及は著しく,これらの国では,スポーツ医学専門医の養成も行われている。さらに,スポーツ医学では競技選手の医学的管理・研究ばかりでなく,国民の健康や体力の向上を目的とした研究と応用がしだいに重要度を増してきている。先進文明社会では,日常生活や労働の場における機械化が進み,身体活動の強度や量が著しく減少する一方で,経済的な水準の向上に伴い栄養は改善され,質量ともに過剰・過誤の傾向を示している。また,高能率,過密スケジュール化は持続的な精神緊張をもたらしている。このような生活条件により,先進国の人々には肥満,動脈硬化,心臓疾患,高血圧,糖尿病,胃・十二指腸潰瘍,腰痛症,精神障害などの健康障害が増加してきている。これらの健康障害の予防や治療に対して,適正な身体活動の重要性が再認識され,そのためにスポーツ医学の研究・応用が求められてきたのである。したがってスポーツ医学の内容は現在,次のように考えられる。
(1)基礎医学的領域 スポーツそのものの科学的分析,スポーツを行うときに生体に生ずる諸変化の解明(スポーツ科学,運動生理学,運動生化学,運動栄養学,スポーツ心理学など)。
(2)臨床医学的領域 上記の研究成果を一般の人々や,競技選手の健康や体力の向上に役だてるための運動処方やスポーツ医学的管理。また,スポーツによる外傷・疾病・事故の予防・治療・リハビリテーション。スポーツの,もろもろの疾病の予防,治療,リハビリテーションへの活用。
スポーツ医学は現代社会においては,ますますその重要度を増しており,重要な学問分野となっている。専門的に研究し,実地に活用するために,スポーツ医学の専門教育がすでに多数の国々で行われている。
執筆者:黒田 善雄
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