翻訳|slum
都市の過密集住地域。貧民街(窟),細民街,あるいは不良住宅地区などともいわれる。スラムslumは,眠り,まどろみを意味する英語slumberに由来するといわれ,1820年代からその用例が見られる。産業革命以降に推進されてきた都市化は,大量の人口を都市に集中させ,都市生活に不適応な者をも生み出していった。職業を失っている者,特殊な職業に従事する者,異なった民族に属する者などはその不適応な生活をお互いに防衛し,都市社会の淘汰作用metabolismから逃れるために集団化し,結合を固める。そのために居住する土地を共通にする。その土地はなるべく都市的刺激の少ない,しかし,都市的便益の大きいところが選ばれる。スラムは外観的には不良居住地区であるが,内面的には特有の生活様式・慣習をもっている地域である。それは生活の共同性が高いことにある。台所,便所,水道,時には寝る所まで共有していることがあり,長屋的生活形態をとっていることが多い。そして,生活の共同性は連帯性を生む。
人間生活の窮乏化はまず住居に影響を及ぼし,次いで衣服,食料に現れる。エンゲル係数が意味をもつゆえんである。スラムの住宅がしばしば仮小屋的形態で密集していると指摘されることはこれを意味している。人口の過密と不良住宅の密集がスラムを形成することになるが,欧米の大都市においては高層建築物全体がスラム化するのに対し,日本などのような低層建築の場合には平面的に密集する。そのスラムの発生しやすい地域は,都市の遷移地帯zone of transitionであるといわれる。すなわち,都市としての性格が明らかでないところ(都心の盛場とその周辺地区との接触地域,商業地区と工業地区との交錯している地域など),人間のあまり立ち寄らないところ(墓場,ごみ捨場,埋立地,河川の敷地など)で,しかも都心からあまり離れていない地帯である。
スラム生活者は都市生活にうまく適応し得ないという性格から,職業の種類もおのずと限定される。肉体を直接に使う労働(土工,人夫,仲仕など)によって金銭を得る。したがって,月給であるよりも日給の場合が多く,労働も不定期であることが多い。このような低所得生活は収入のほとんどを,体力を維持するための飲食として消費することを意味する。したがって,服装に気づかうだけの余裕もなく,スラム内で消費することになる。その結果,スラム内の飲食店はかなり繁盛し,貸売りなどによって人間関係も擬似家族的なものになる傾向をもつ。しかし一方で,経済的搾取関係も形成されることも多い。
このようなスラム化現象は,多少の差こそあれ,いずれの先進国においても工業化の過程で発生した問題である。しかし,日本などのスラムが,単に生活的・職業的要因によって形成され,外見的にも内面的にも一般とまったく同質の人間関係があるのに対し,アメリカなどのスラムには民族的偏見・差別が入り込んでいるためにいっそう複雑である。ニューヨークのハーレム,シカゴのブラック・ベルトなどの例にみられるように,人間関係そのもののなかに異質なものを認めるからである。その結果,日本などの場合は,工業化の過程で,スラム居住の人間もしだいに社会に馴化(じゆんか)され,スラムの規模も小さく,かつ少なくなってきているのに対し,人種問題がスラム形成の一要因となっているところでは,その閉鎖性をいっそう強め,スラムは地域を変えながらも存続している。
以上のような先進国に対し,多くの発展途上国では,現在,膨大なスラムが形成されている。発展途上国では,第2位都市以下を大きく引き離して,首座都市primate cityに全国総人口の半数近くを集めている。その結果,住宅問題は深刻であり,首座都市人口の20~40%もがスラムに居住しているところもある(イラン革命直後のテヘラン,メキシコ・シティなど)。しかも,発展途上国の都市は必ずしも工業化を伴って形成されたものではなく,就業機会も極めて限られている。したがって,都市的生活からの逸脱者としてスラムに居住しているのではなく,経済的要因のために生活がスラム化しているのである。現在,国際的視野に立った場合,量的・質的に深刻なスラム問題は,発展途上国の都市に顕著にあり,政府にとっての国家的課題のひとつにスラム問題の解決がある。
執筆者:新津 晃一
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…この現象はフローの市場においてもストックの市場においても集住条件の厳しいところで鋭く顕在化する。つまり地域的に集団化して現れやすく,具体的にはスプロール現象やスラム化などの形をとることが多い。これが住宅問題発生の第2の側面である。…
…土地を失った離農民が都市に流入して土幕に住むケースがほとんどで,職業としては運搬人夫(チゲかつぎ),土木人夫などの低賃金の肉体労働が大部分だった。なお,1960年代末以後の工業化政策の下で韓国の都市部で増大したスラムはパンジャチョン(板きれの村)とよばれる。【水野 直樹】。…
…1960年代初頭サン・パウロ市のファベーラに住む一女性の《闇の子》という本が出版され,ファベーラの存在が意識されるようになった。リオ・デ・ジャネイロ市では景勝地の近くにあるスラムを撤去し,6000世帯を郊外の公営住宅に入居させた。しかし,入居者は都心の建設現場などの雇用源から遠ざけられ,家賃と運賃を負担しなければならなくなった。…
※「スラム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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