企業と日々雇用契約を結び就労する労働者をいう。総務省の「労働力調査」や「就業構造基本調査」では「日々または1か月未満の雇用契約で雇われている者」を日雇と定義し、「1か月以上1年以内の雇用契約で雇われている」臨時雇と区別しているが、実際には両者の区分はあいまいである。雇用契約上は日雇であっても、事実上長期雇用化し、数年以上に及ぶケースも珍しくない。日雇労働者は不安定雇用の代表的形態の一つで、正規雇用に比較し就労は不規則で、賃金をはじめ労働条件は劣悪である。なお、緊急失業対策法(昭和24年法律第89号)に基づいて設けられた緊急失業対策事業に就労していた労働者を日雇とよぶことがある。
「就業構造基本調査」によれば、日雇労働者は1960年代の高度成長期から増加を続け、とくに低成長経済に転じた1970年代後半以降に急増した(1971年89.2万人、1979年163.9万人、1982年155.1万人)。これは企業が正規常用労働者の雇用を抑制するかわりに日雇労働者や臨時雇などの不安定雇用を積極的に増加させたためである。日雇労働者は1980年代以降漸減傾向にあるのに対し、臨時雇は一貫して増加している。ピーク時にあたる1979年(昭和54)の日雇労働者(163.9万人)の産業別内訳は建設業(72.3万人、44.1%)でもっとも多く、製造業(31.8万人、19.4%)、卸売・小売業(21.4万人、13.1%)がこれに続いている。建設業では重層的下請構造の下層に多くの日雇労働者を組み込んできた。
大阪・あいりん地区(旧愛隣地区、釜ヶ崎)、東京・山谷地区、横浜・寿町地区および名古屋・笹島地区は、1960年代から1980年代にかけて建設業を中心とする日雇労働者の代表的集積地域であった。最盛期には、あいりん地区に推定で約2.1万人の日雇労働者が、山谷に約1.1万人が集中していた。これらの地域では日雇労働者の就労斡旋(あっせん)に公共職業安定所の出先機関のほかに違法な手配師(私設職業紹介業者)が関与していた。日雇労働者の就労は求人数のほかに天候によっても大きく左右され、仕事につけない場合には食事を抜いたり、野宿を余儀なくされる。これらの地域では1990年代の長期不況以降、就労できない高齢日雇労働者が増加し、ホームレスとなる人たちも少なくない。
なお、2009年(平成21)「労働力調査」によれば、雇用者5460万人の従業上の地位別内訳は、常雇4709万人(86.2%)、臨時雇647万人(13.7%)、日雇104万人(1.9%)である。21世紀初頭に社会問題となった「日雇派遣」(日々雇用の派遣労働者)は日雇労働者の新たな形態である。
[伍賀一道]
『江口英一他著『山谷』(1979・未来社)』▽『加藤佑治著『現代日本における不安定就業労働者(増補改訂版)』(1991・御茶の水書房)』▽『生田武志著『ルポ・最底辺――不安定就労と野宿』(2007・筑摩書房)』▽『派遣ユニオン・斎藤貴男著『日雇い派遣』(2007・旬報社)』
業務の断続,繁閑が著しい分野で文字どおり日々の雇用契約で雇われる労働者をさす。しかし,一般的には建設,港湾,運輸,農林水産などの分野で土工,荷扱夫,雑役,人夫などの不熟練職種に就労し,技能習熟の機会もないため低賃金である筋肉労働者をさすことが多い。雇用関係がつねに変動し,高齢者層が恒常的に固定化する傾向が強く,相対的過剰人口(〈産業予備軍〉の項参照)の代表的な就業形態であるという性格をもつ。したがって,大工,左官,石工などの熟練職種に就労する者は,日々の雇用契約であってもこれに含めない。狭い意味では,緊急失業対策法(1949)によって公共職業安定所に登録された失業者で失業対策事業に就労する日雇労働者をさす場合もある。その数は1960-61年時に約35万人のピークを迎え,その後減少し,いまや終息の段階にある。
執筆者:工藤 正
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