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タンジール タンジール Tangier

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

タンジール
タンジール
Tangier

モロッコ北部,タンジール州の州都。ジブラルタル海峡にのぞむ港湾都市地中海をめぐる商業,軍事の要衝で,前 15世紀にはフェニキアの交易拠点として繁栄。その後,地中海の歴史を反映して,カルタゴローマ,バンダル,ビザンチンなどと,次々に支配者が変った。

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デジタル大辞泉の解説

タンジール(Tangier)

モロッコの北端、ジブラルタル海峡に臨む港湾都市。地中海の入り口という戦略上の要地で、列強が進出、1925年に永世中立の国際管理都市となる。1956年、モロッコ独立に伴い返還された。タンジャ。タンジェ

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百科事典マイペディアの解説

タンジール

モロッコ北部,ジブラルタル海峡に臨む港湾都市。アラビア語ではタンジャ。漁業の中心地で,缶詰工業が行われる。古代から交通,戦略上の要地として知られ,7世紀末以降はイスラム教徒の軍事拠点。
→関連項目モロッコ

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世界大百科事典 第2版の解説

タンジール【Tangier】

ジブラルタル海峡に面するモロッコ北部の港市。人口30万7000(1993)。アラビア語ではタンジャṬanja。モロッコの玄関口としてにぎわい,スペイン人やフランス人の居住者も多い。フェニキア人交易都市が起源で,カルタゴやローマ時代には商業が栄え,7世紀末以降はイスラム教徒の軍事上の拠点として重要であった。15世紀後半からは,ポルトガル,スペイン,イギリスなどに支配されたが,1684年再びモロッコ領となる。

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大辞林 第三版の解説

タンジール【Tangier】

モロッコの北端、ジブラルタル海峡に臨む港湾都市。モロッコ皮の輸出で知られる。地中海の入り口に位置する戦略上の要地。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

タンジール
たんじーる
Tangier

北アフリカ、モロッコ最北部のジブラルタル海峡に面した港湾都市。地中海の入口という戦略的位置から、強国の争奪の的となった歴史をもつ。人口52万6215(1994)。大西洋から10キロメートル海峡に入った所に位置し、半円形の湾入をもつ天然の良港で、市街地は背後の丘の斜面から海岸まで分布する。湾の西端にある港の船上から見上げる白い街の景観は美しい。市街はメディナとよばれるアラブ風旧市街とヨーロッパ風新市街とがある。メディナには、旧王族邸で博物館になっているダール・ル・マフゼンや大モスクがあり、伝統工芸品をつくる工房も分布する。工業としては食品、繊維、セメント、電器、造船などがある。カサブランカフェズウジダなどと鉄道で結ばれ、スペインのアルヘシラスへは定期連絡船が通っており、外国人観光客やヨーロッパへの出稼ぎ移民の出入りが多い。夏涼しく、冬温和なので、避暑客、避寒客が訪れる。[藤井宏志]

歴史

フェニキア人の建設に始まり、ローマの支配を経て、7世紀にアラブ人の支配下に入った。15世紀以後ヨーロッパ勢力の南進につれ、ポルトガル、スペイン、イギリスに支配されたのち、1684年モロッコ(アラウィ朝)の領土となった。19世紀にふたたびヨーロッパ列強の植民地化の波が押し寄せ、タンジールは鎖国体制にあったモロッコの外交都市となった。1905年第一次モロッコ紛争の発端となったタンジール事件が発生、12年モロッコはフランス、スペインの保護領として分割され、タンジールは特別にフランス、スペイン、イギリス3国の国際委員会の管理下に置かれた。23年にはイタリア、ポルトガルなど5か国を加えた委員会による国際管理地区となり、25年永世中立の国際都市を宣言し、タンジールは自由貿易港として発展した。40年に一時スペインが占領したが、45年アメリカが加わった国際管理委員会が復活した。1956年3月モロッコの独立に伴い、同年10月モロッコに返還された。[藤井宏志]

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