ダールマン

百科事典マイペディア 「ダールマン」の意味・わかりやすい解説

ダールマン

ドイツ歴史家,自由主義的政治家キールゲッティンゲンボン各大学教授。ゲッティンゲン七教授事件連座,1848年三月革命1848年革命)の際フランクフルト国民議会小ドイツ主義的憲法草案を起草主著《デンマーク史》,《ドイツ史資料集》(ワイツ共編)。
→関連項目ゲッティンゲン大学

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改訂新版 世界大百科事典 「ダールマン」の意味・わかりやすい解説

ダールマン
Friedrich Christoph Dahlmann
生没年:1785-1860

ドイツの歴史家。キール,ゲッティンゲン,ボンの各大学教授を歴任。〈ゲッティンゲンの七教授〉の一人であり,1848年の革命に際してはフランクフルト国民議会議員としてドイツ統一憲法の起草を指導した。彼は絶対主義と革命をともに〈専制〉として否定し,身分制議会基礎にして立憲制を発展させたイギリス国制を良き国制として称揚した。
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山川 世界史小辞典 改訂新版 「ダールマン」の解説

ダールマン
Friedrich Christoph Dahlmann

1785~1860

ドイツの歴史家,政治家。1837年ハノーヴァー国憲法の廃止に抗議して罷免されたゲッティンゲン七教授の一人。自由主義的政治家として活躍し,1848年の革命の際にはフランクフルト国民議会小ドイツ主義の憲法草案を作成した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「ダールマン」の解説

ダールマン Dahlmann, Joseph

1861-1930 ドイツの神父,哲学者
1861年10月14日生まれ。明治36年(1903)来日,41年に再来日し上智大の創立につくす。東京帝大でドイツ文学,インド哲学などをおしえた。昭和5年6月22日東京で死去。68歳。コブレンツ出身。著作に「切支丹時代の日本美術に現われた日本と西洋の最も古い関係」など。

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367日誕生日大事典 「ダールマン」の解説

ダールマン

生年月日:1785年5月13日
ドイツの歴史家,政治家
1860年没

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