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ダーレム美術館 ダーレムびじゅつかんMuseen Dahlem

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ダーレム美術館
ダーレムびじゅつかん
Museen Dahlem

ベルリン国立美術館に属する美術館の一つ。1962年開館。当初,絵画館を中心に,彫刻館,インド美術館(→インド美術),イスラム美術館(→イスラム美術),東アジア美術館,民族学博物館(→民族学)など八つの部門からなった。なかでも絵画館は,ジョット・ディ・ボンドーネの『聖母マリアの死』,ペトルス・クリストゥスの『若い婦人の肖像』などをはじめ,レンブラント・ファン・レイン,ペーテル・パウル・ルーベンスなどのコレクションで知られていた。1990年のドイツ統一後に美術館の再編・統合が行なわれ,民族学博物館,アジア美術館,ヨーロッパ文化博物館に再編された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ダーレムびじゅつかん【ダーレム美術館 Museen in Dahlem】

第2次大戦後,東西ベルリンに分けられた国立博物館Staatliche Museenのうち西ベルリンにあるもの。ダーレム地区にあるため,この通称がある。絵画・彫刻各館,版画・素描室のほかインド,イスラム,東洋美術,民族学(アフリカ,アジア,オセアニア,古代アメリカ)などの諸部門を有す。中心となる絵画館は17世紀に収集を開始,フリードリヒ大王ら歴代のプロイセン国王により拡大,18世紀末には国民教育的見地から展示方法が体系化される。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ダーレム美術館
だーれむびじゅつかん
Dahlem-Museum

ベルリンにある国立美術館。1945年、ベルリンの東西分裂後、西側に帰属したプロイセン文化財団の管轄作品を収容する、ダーレム地区にある美術館群の通称。かつては西ベルリン国立美術館ともよばれ、正式名称はStaatliche Museum, Preussischer Kulturbesitz, Berlin。絵画館、版画館、彫刻館、東アジア館、イスラム館、民族博物館からなり、前の3館は1910年代に民族博物館として建てられた建物に、あとの3館はこれに隣接して1970年に建てられた新しい建物に入っている。
 中心をなす絵画館の作品は、かつては東ベルリン所在の国立美術館(新・旧2館あり、旧館は1830年開設)やボーデ美術館(1904開設)などに展示されていた。プロイセン王家伝来の340点のコレクションを核とし、第二次世界大戦直前には2800点に達していた絵画作品は、400点が焼失、900点がソ連から東ベルリンに(1958以降)、残る1500点がアメリカから西ベルリンに(1957)、それぞれ接収ののち返還された。往時のコレクションは大戦によって二分されたわけだが、この絵画館には世界屈指といわれる質と量の、13~18世紀のヨーロッパ絵画の名品がそろっている。イタリア・ルネサンスの重要作品を含むほか、ファン・アイク、ロジェ・ファン・デル・ワイデン、デューラー、クラナハなど、北方系の作品にとくに優れている。
 版画館にはボッティチェッリの『神曲』や、デューラー、ホルバイン、レンブラントなどの素描や版画が、彫刻館にはイタリア・ルネサンスを中心とする作品が所蔵される。19、20世紀美術は、1968年にミース・ファン・デル・ローエの設計でティアガルテンに完成したナツィオナルガレリーに展示されており、ダーレムの絵画館、版画館、彫刻館もこの地に新築移転の計画が進められている。[湊 典子]
 東西ドイツ統一後、ベルリンの国立博物館群は整理統合され、ダーレム美術館のヨーロッパ絵画はベルリン絵画館、旧国立美術館などへ、版画などは銅版画陳列館へ移された。2009年現在、ダーレム地区には、アジア美術館、民族博物館、ヨーロッパ諸文化博物館がある。[編集部]

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