人類の文化を研究する学問をさし、広い意味における人類学の一部門である。人類学においては国によって学問的伝統が異なり、またいろいろな学派が存在し、さらに歴史的な変遷もあるので、民族学が具体的には何を意味しているかは一定していない。19世紀前半においては、民族学とは人種分類についての学問であって、形質と文化の双方にまたがっていた。19世紀後半から20世紀前半にかけては、民族学は、ヨーロッパ大陸でも北アメリカにおいても、未開民族の文化と社会についての学問全体をさしていた。いいかえれば、アメリカの学問体系においては、広い意味での人類学を構成するものに形質人類学(自然人類学)と文化人類学があるが、民族学はこの文化人類学とほとんど同一視されるか、文化人類学のなかから言語学と考古学を除いた部分をさし、文化人類学の中心的な部分とみなされていた。ヨーロッパ大陸においても、民族学とはこのように包括的な学問であることは北アメリカと同様であったが、ただヨーロッパでは、民族学は人文科学として規定され、自然科学としての人類学(自然人類学)とは別個の学問であるという学問体系をとっていた。国際的な組織としての国際人類学民族学会議、国際人類学民族学連合も、このようなヨーロッパ流の学問体系にのっとって1930年代から今日まで続いており、また日本における学会の組織も、自然人類学を中心とした日本人類学会と、民族学(文化人類学)を中心とした日本民族学会との二本立ての形をとっていてヨーロッパ型である。このように北アメリカとヨーロッパ大陸とでは学問体系が異なるが、それでも基本的には同様な内容の包括的な学問としての民族学が成立していた。そして20世紀後半において、民族学の対象が未開民族に限られず、文明民族にも拡大されるようになっても、人類文化についての包括的な学問として、文化人類学のほぼ同義語として、民族学という用語は引き続き用いられている。
[大林太良]
民族学には、このような広義の用法とともに狭義の用法もある。その一つはイギリスにおける用法で、社会人類学では取り扱わない物質文化の研究、文化史的再構成などをさしているが、このような用語法は他の国ではあまり行われていない。これよりももっと一般的で、アメリカにおいてもヨーロッパにおいてもみられる用法としては、民族学は文化の比較研究の学問であるというのがある。つまり、個々の民族の文化(生活様式)の記述である民族誌は、広い意味での民族学の一部門であるが、狭義の民族学は民族誌とは区別して、民族誌を資料として用いて行った文化の比較研究をさしている。その場合、比較の地理的範囲が狭いものと広いもの、また比較の目的も文化史再構成であるか、なんらかの法則性であるかに分けることができる。狭い地理的範囲における文化の比較研究のうち、文化史再構成を目的とするものは、たとえば古代日本の歌垣(うたがき)と現代の中国南部少数民族の間における歌垣とを比較し、両者間に系統的な関係を認めるような研究である。地理的に限定された地域とはいっても、熊祭(くままつり)の比較研究などでは、事実上、極北・亜極北地域の全域に及ぶほど広くなる。狭い範囲での比較研究のうち、法則性を志向するものは、多くの点で共通性をもつが、若干の重要な点で相違する少数の社会を比較し、たとえば呪術(じゅじゅつ)における相違はいかなる要因の相違によるものかを明らかにしようとする。このように地理的に限られた地域での比較から出された仮説は、より広い地域、さらに全世界的な通文化的研究によって検証する必要がある。
広い地域、ことに全世界を対象とする比較研究のうち、文化史的再構成を目的とするものは、19世紀後半のモーガンやタイラーの社会や文化の進化についての仮説、20世紀前半のシュミットの文化圏体系もその例であり、また1960年代から70年代にかけてのアメリカのサービスやフリードによる人類社会の発展段階の区分なども、この部類に入れることができる。世界的な規模における法則性の発見を目ざしての比較研究は、普通、通文化研究とよばれ、全世界から選んだ多数の社会を標本として、二つあるいはそれ以上の数の項目間の相関関係を統計的に明らかにしようとする。このような通文化的研究もアメリカにおいて発達し、ことにマードックの貢献が大きい。近年においては通文化的研究は、資料的にも方法論的にも洗練されてきている。このほか、統計的手法を用いないで、世界の諸民族の事例を用いて文化、社会における法則性について研究する行き方をする学者もいる。
[大林太良]
『石川栄吉編『現代文化人類学』(1978・弘文堂)』▽『イェンゼン他著、大林太良・鈴木満男訳『民族学入門』(社会思想社・現代教養文庫)』▽『マードック著、内藤莞爾監訳『社会構造』(1978・新泉社)』▽『サーヴィス著、松園万亀雄訳『未開の社会組織――進化論的考察』(1979・弘文堂)』
世界の諸民族の文化を研究する学問であるが,国により,学派により,ニュアンスの相違がある。ヨーロッパ大陸(ことにドイツ語圏)においては,文化科学としての民族学と自然科学としての人類学(つまり自然人類学)とをはっきり区別,対置する伝統があるが,アメリカ合衆国では,人類の自然的側面を取り扱う自然人類学と,文化的側面を取り扱う文化人類学の両者が,より包括的な人類学の二つの部門をなすという体系が行われており,民族学は言語学,考古学(あるいはそれらの一部)と並んで文化人類学の一部を構成している。しかし,その場合,民族学は文化人類学のなかで中心的な,かつもっとも規模の大きい分野となっていて,文化人類学と民族学とをほとんど同義に用いるような用例もある。日本においては,ヨーロッパ大陸流の体系とアメリカ流の分類とが混用されている。
民族学が独立の科学として成立したのは19世紀半ばであるが,大航海時代以来,世界の諸民族についての知識がヨーロッパにおいて蓄積されたことが,基本的な条件になっている。こうした民族の生活様式(文化)の記述を民族誌ethnographyと呼び,この民族誌的知識をもとにした研究を民族学と呼ぶのが普通である。民族学は伝統的には,非ヨーロッパ世界の,いわゆる未開民族の文化の調査研究を中軸として発達してきたが,今日では未開,文明を問わず世界のすべての民族を研究対象とし,文化についての一般的な科学に成長してきている。19世紀後半以降の民族学においては,いくつかの見方が次々に盛んになった。それらは,それぞれ文化の十分な理解のために必要な基本的な視角を提示し,かつそれによって文化理論を豊かにしていった。19世紀後半にイギリス,アメリカで盛んになった進化主義的民族学は,人類文化に共通の進化という現象と人類の基本的心性の同一性に注意を向けさせ,進化主義への反動として20世紀前半にドイツ,オーストリアやアメリカで盛んになった歴史民族学は,個別文化が歴史的に形成されたことを強調し,個々の文化要素や文化複合の空間的分布のもつ意味を問うており,1920年代以後イギリスで盛んになった機能主義は,個々の制度が全体社会の維持に果たす機能,あるいは個人の欲求充足に果たす機能が問題にされた。第2次大戦後,フランスにおいて盛んになった構造主義においては,文化を構成する個々の要素をそれ自体としてではなく,相互間の関係からなる構造として把握すること,ことに意識されていない構造の重要性を論じた。進化,歴史,機能,構造は,いずれも文化を理解するのに不可欠な視角である。民族学の研究は,地域別ないし民族別,あるいは分野ないしテーマ別に実証的に行われるが,それらをふまえ,かつすべてにかかわるものとして文化理論がある。
→文化人類学
執筆者:大林 太良
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…これら一連の発見とダーウィンの生物進化に関する革命的理論によって,人類学の対象は,これまでの空間的領域に時間的領域を加えたところまで拡大され,人類の起源と進化,文化の発展過程の諸問題が人類学の重要課題として浮かび上がってきた。19世紀の前半には,ヒトの身体形質と文化の総合研究を目ざすパリ民族学会,ロンドン民族学会,アメリカ民族学会が相次いで創設されたが,その後半になると身体形質の研究に重点をおくパリ人類学会,イギリス人類学会が成立し,19世紀の終りには生物学的側面を研究する人類学と文化を攻究する人類学とがそれぞれ独自の方向に進み出した。 ドイツ,オーストリアなどヨーロッパ大陸の大多数の国では,この二つの人類学のうち身体特徴に関する自然科学的研究だけを人類学とよび,文化の研究はこれを民族学と称して人文科学の範疇に入れている。…
… 人類学は人間の身性を研究する自然人類学と,諸民族の文化を対象とする文化人類学に大別される。ヨーロッパとくにドイツやオーストリアでは自然人類学をたんに人類学と呼び,未開社会や文化を研究する学問には民族学という名称が用いられてきた。日本では1884年に人類学会が創立されたころは広義の人類学の意味に用いられながら,しだいに自然人類学の色彩が強くなり,民族学が文化を扱う学問とされた。…
…これが人類学の誕生であった。
[人類学と民族学]
一口に人類の多様性といっても,人類は他の動物と異なって,言語をはじめとする文化をもつ存在であるから,人類の自然(身体,形質)と文化のどちらに着目するかによって,対象領域ばかりか研究の方法も異ならざるをえない。その際,ヨーロッパ大陸,なかんずくドイツ,オーストリアでは,人類学という名称をもっぱら身体・形質面の研究に限って用い,文化面にかかわる研究には民族学Ethnologieの名称を用いるのが普通であったし,現にそのような用法が行われている。…
※「民族学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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