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チェンストホバ チェンストホバCzęstochowa

4件 の用語解説(チェンストホバの意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

チェンストホバ(Częstochowa)

ポーランド南部の都市。オーデル川の支流バルタ川に沿う。第二次大戦後、製鉄業を中心にいち早く工業化が進んだ。14世紀創建のヤスナグラ修道院は「黒いマドンナ」と称される聖母画で知られ、数多くの巡礼者が訪れる。

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百科事典マイペディアの解説

チェンストホバ

ポーランド南部,バルタ川沿いの都市。鉄道の中心で,鉄鋼・繊維・製紙・化学工業行われる。全国生産の大部分を占める鉄鉱石は上シロンスク工業地帯の製鉄業にとって重要。

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世界大百科事典 第2版の解説

チェンストホバ【Częstochowa】

ポーランド南部,同名県の県都。人口25万9800(1995)。カトビツェの北60kmにある工業都市で,ポーランドカトリック文化の中心都市。チェンストホバ高地の北斜面にあり,オドラ(オーデル)川の支流バルタ川に臨む。ヤスナ・グーラ修道院にあるイコン《黒い聖母》は14世紀の作といわれ,15~17世紀の教会や修道院も多い。全国の90%を産する鉄鉱石は,上シロンスクの巨大な鉄鋼コンビナート向けの重要な原料となっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

チェンストホバ
ちぇんすとほば
Czstochowa

ポーランド南部、シロンスク県の都市。カトビーツェの北約60キロメートルクラクフ・チェンストホバ高地の北斜面にあり、オドラ(オーデル)川支流バルタ川に臨む。人口25万5549(2000)。カトビーツェ、クラクフと並ぶ工業都市であるとともに、古くからカトリック巡礼者を集めた宗教都市。全国の約90%を産する鉄鉱石は、第二次世界大戦後、上シロンスク(シュレージエン工業地帯の石炭と結んで鉄鋼業、機械工業を発展させた。ほかに各種繊維工業、紙・パルプ皮革工業などがある。1356年に都市を形成して以来の古い都市で、交通上の要衝としてポーランド王国とともに繁栄した。14世紀創建のヤスナ・グーラ修道院は「黒いマドンナ」とよばれる聖母画を有し、多くの巡礼者を集めている。15~17世紀の寺院も多い。[山本 茂]

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世界大百科事典内のチェンストホバの言及

【ポーランド美術】より

…ドイツ騎士修道会も北部に,マルボルクの城塞(14世紀)や,グダンスクのマリア教会(15世紀)などのゴシック建築を残している。また,ボヘミアの国際ゴシック様式の影響がブロツワフを中心に及び,優美な《美しき聖母子》の彫像がみられ,ハンガリーを通じては,今日でもポーランド国民の巡礼の対象となっているチェンストホバの《黒い聖母子像》と呼ばれる板絵が,14世紀にイタリアよりもたらされている。1468年にクラクフの画家ハーベルシュラックMikołaj Haberschrack(生没年不詳)が描いた祭壇画は,いまだ国際ゴシック様式の影響下にあるが,ネーデルラント絵画の新しい成果をふまえており,77年にはニュルンベルクからV.シュトースがクラクフに赴き96年まで滞在して,マリア教会に多翼の彫刻付祭壇の大作を制作し,なまなましい個性表現が同地に影響を残した。…

※「チェンストホバ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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